壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

世界をまどわせた地図 伝説と誤解が生んだ冒険の物語 エドワード・ブルック=ヒッチング

世界をまどわせた地図 伝説と誤解が生んだ冒険の物語 

エドワード・ブルック=ヒッチング  関谷冬華訳

日経ナショナルジオグラフィック社  図書館本

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古地図の写真が満載された楽しい図鑑のようです。この本にある50を超える,国、島、都市、山脈、川、大陸、種族はかつては実在すると信じられていたものだそうです。小説やおとぎ話に出てくる架空の場所ではなく,実際の地図に描かれていたからだといいます。

迷信や蜃気楼,希望的観測による測定違い,地図製作者のいたずら,ペテン師たちの金もうけ,著作権を守るための罠,噴火して消えた火山島,領海主張のためなど,いろいろな理由でいったん地図に書かれると,その場所は存在を主張しだすのでしょうね。地図には不思議な力がそなわっていると思います。地図をもとに多くの探検家たちが発見の旅に出かけました。すべてが無駄というわけではなく,嘘の地図に促された真実の発見もたくさんあったことでしょう。なんと21世紀になってもその存在が議論されたメキシコ湾の島があるそうです。

 大型本なので就寝前読書には向きません。机に広げてじっくり読みました。どこにも出かけられない今,せめて想像の翼を広げて幻想の世界を旅しよう(笑)と読み始めた本でしたが,ファンタジーやフィクションの中にあるロマンティックな幻想ではなく,多くが人間の欲望によって作り出された嘘と誤解の幻影がさらに人間が持つ生来の好奇心によって増幅されるのでしょう,人間の愚かしくも可笑しい歴史をたどる旅になりました。いつの時代にも人間の好奇心と欲望は限りなく,フェイクニュースも詐欺も尽きることがありません。

 ナショジオWebページの紹介と重なるのですが,個人的に興味深いものをいくつかメモっておきます。

アニアン海峡(アジアにつながる夢の北西航路 ダン・シモンズ原作のTVドラマ「ザ・テラー」は北西航路を探す英国探検隊の実話をもとにしていました(面白かった)。大航海時代から,ヨーロッパとアジアや北米を結ぶ北極海の航路が希求されていて,想像上の海峡がアニアン海峡です。今のベーリング海峡にあたる場所らしいですが,13世紀,マルコ・ポーロの東方見聞録に由来する名前で,20世紀になってアムンセンが実際に北西航路を航海するまで存在が取りざたされていたそうです。21世紀になって北極の氷が解けて,さらに今後北極海を自由に航行することができるようになりそうですが,喜ぶべきこととは思えませんね。

アンティリア:七つの都市の島 (コロンブスも信じたキリスト教司祭の島) 8世紀にムーア人に追われて大西洋に逃げたイスパニアの司祭が作った七つの都市の島は,14世紀になってヴェネティアの地図製作者が四角い形の大きな島として描き,多くの探検家たちをひきつけたそうです。コロンブスも探してみたらしく,エピソードの荒唐無稽さは,マルコ・ポーロが語る『見えない都市』のようですね。

ベルメハ(石油の利権をめぐって現代によみがえった島) メキシコ湾の奥,ユカタン半島の北西にあるとされた島は16世紀から19世紀まで地図に記載されていたそうです。石油採掘と排他的経済水域との関係で,米国とメキシコの条約締結の際に,メキシコ政府が2009年にこの島を見つけるために調査隊を出したそうです。島の痕跡さえなかったそうですが,メキシコの上院議員の幾人かは,島を消したのではないか,とアメリカ政府の陰謀を疑っているそうです。島の領有権はどこも争いの種です。この地域は,恐竜を絶滅させた巨大隕石の落下地点と言われていますが,何かとんでもないものが見つかるとかは…ないでしょうね。

マリア・テレサ礁 南太平洋の真ん中の小さな岩礁 クジラの胃袋から発見された手紙のわずかな情報から南緯37度線上の土地を探して,行方不明のグラント船長を探す旅を描いたジュール・ヴェルヌの『グラント船長の子供たち』では,捜索隊はやっとのことで南太平洋の絶海の孤島「マリア・テレジア島(仏名/タボル島)でグラント船長を見つけます。これがかつて地図にあった幻のマリア・テレサ岩礁だそうです。ヴェルヌがこの小説と続編の『神秘の島』を書いたころには,まだ「マリア・テレサ礁」が地図上にあったそうで,『グラント船長の子供たち』のあとがきには「マリア・テレジア島」が唯一の架空の島だというようなことが書いてあったと思います。南太平洋の絶海の孤島に関してもベルヌはあくまで事実をもとに空想を膨らませていたのですね。

ムーン山脈 ナイル川の源流があるといわれた山脈 先ごろTVの再放送で“体感!グレートネイチャー「突入!ナイル源流域 幻の山と爆発の滝~ウガンダ~」”を見ました。赤道直下の高山ルウェンゾリに登る様子は迫力がありました。紀元前のプトレマイオスの『地理学』にあるナイルの源流「ムーン山脈」の存在は,19世紀になるまで信じられていたといいます。ナイルの源流はキリマンジャロだという説もあったそうですが,今ではウガンダコンゴの国境にあるこのルウェンゾリ山地(最高峰の標高は5109m)がムーン山脈伝説の基になった可能性が高いそうです。この山頂にある氷河もナイルの源流の1つなのでしょうが,年々氷河が小さくなりあと何十年かで消えてしまうそうで,残念ですね。

南方大陸(テラ・アウストラリス) 南半球を占めるアリストテレスの巨大大陸 アリストテレスがあるに違いないと予言した南半球の巨大大陸は,探検が進むにつれて小さく削られていった。オーストラリア大陸の発見と同時に否定されたが,直後(1820年)に南極大陸が発見されたそうです。その後たくさんの探検隊が派遣され1911年にアムンセンが極点に到達するに至りました。南極の中心には何があるのか?多くの作家たちの想像力をかきたてました。エドガー・アラン・ポーの『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』(1838年),その続編ともいえるジュール・ヴェルヌの『氷のスフィンクス』(1897年)がありますね。

 他にも面白いものが多いのですが切りがないので,せめて目次だけでも,副題を添えて,載せておきます。

 

アニアン海峡 アジアにつながる夢の北西航路

アンティリア(七つの都市の島) コロンブスも信じたキリスト教司祭の島

アトランティス 古代ギリシャの哲学者プラトンが記した伝説の島

オーロラ諸島 船乗りたちが大海原に見た2つの島

オーストラリアの内陸海 植民地の拡大が見た夢の海

ベルメハ 石油の利権をめぐって現代によみがえった島

ブラッドリー島 北極点発到達の証拠とされた島

バス島 自然の恵み豊かな島

セサルの都市 パタゴニアに秘められた財宝の国

カルタ・マリナの海の怪物たち 怪物たちが生きる地図

カリフォルニア島 大陸から切り離されたカリフォルニア

カッシテリデス諸島 金属の鉱脈をもつ「錫の島々」

クロッカー島 陰惨な悲劇を招いた北極の島

クロッカー山脈 ひとりの司令官の誇りを奪った山脈

デイビス島 風変わりな海賊が著書に記した島

悪魔の島 近世ヨーロッパに存在していた島

ドハティ島 南極圏の大海原に確信された島

地上の楽園 エデンの園を追い求めて

エルドラド 南米にあるという黄金の都市

地球平面説 平坦で四角い世界を信じた人々

フォンセカ 清教徒たちが入植先に選んだ島

フォルモサ ロンドンを湧かせたペテン師の島

扶桑(フーサン) 5世紀に中国僧が渡ったアメリカ大陸の国

ガマ島とカンパニーズ島 択捉島と得撫島を巻き込んだ幻島

グレート・アイルランド グリーンランドのはるか向こうの島

ラオンタン男爵の長い川(リヴィヱール・ロング) 北米大陸を横断する夢の大河

グロクラント さまざまな名前を持った北極圏の「緑の島」

ハイ・ブラジル ケルト人の航海譚から伝わる島

大ジャワ島 地図製作者に巨大化された島

フアン・デ・リスボア島 マダガスカル東海岸沖の島

カラハリ砂漠の古代都市 有能な興行師が発見した砂漠の都市

コング山脈 アフリカ大陸を横切る巨大山脈

朝鮮島 島だと思われていた朝鮮半島

レムリア大陸とムー大陸 19世紀に現れた2つの伝説の大陸

マリア・テレサ礁 南太平洋の真ん中の小さな岩礁

メイダ 名前を変えながら北大西洋をさまよった島

ムーン山脈 ナイル川の源流があるといわれた山脈

ベンジャミン・モレルの島々 世界各地の大洋に架空の島を作った男

ノルムベガ 北米東北部の美しいといわれた町

ニュルンベルク年代記の地図の不思議な種族 伝説上の種族の絵が添えられた地図

パタゴニアの巨人 巨人伝説が生んだ南米の国

ピープス島 編集者の改ざんで生まれた島

ポヤイス国 移民希望者から金を騙し取った嘘の国

プレスター・ジョンの王国 十字軍を救うと信じられた偉大な王の国

リピィーアン山脈 伝説の怪物が住む山脈

ルペス・ニグラ 北極点にある磁石の山と入り江

聖ブレンダンの島 アイルランドに伝わる楽園の島

ニューカレドニアサンディ島 グーグルマップにも現れた幻島

サンニコフ島 流氷が探検隊をはばむロシア北極海の島

サタナゼ島 悪魔島と呼ばれた北太平洋の島

ザクセンブルク島 19世紀の学校でも教えられていた南米の島

西の海(ラ・メール・ド・ロエスト) 北米大陸を横断する夢の北西航路

タプロバナ 香辛料が豊富なインド洋の島

南方大陸(テラ・アウストラリス) 南半球を占めるアリストテレスの巨大大陸

トゥーレ 白夜と極夜が訪れる北の果ての島

海に沈んだビネタの都 貿易で栄えたバルト海商業都市

ワクワク 日本にあるとも伝えられた島

ゼノの地図の幻の島々 ゼノ兄弟による北大西洋の探検地図