これはまさに「都市の博物誌」というべきものなのでございましょうか。海上より近づけば砂漠のオアシスのように見え陸路にて近づけば駱駝乗りたちには港町のように見える都市デスピーナ。おのが身の上の思い出話を商う都市エウフェミア。身の回りの死者と出会う都市アデルマ。記憶しやすいように変化しないが、不変であることに疲れはてて消失しもはや誰も覚えていない都市ツォーラ。水道の配管だけからなる都市アルミッラ。死者たちのまちの完全な模型を地下にこしらえた都市エウサピア。
偉大なる汗フビライの地図帖には広大な版図のあらゆる都市が書き込まれているのでございますが、さらに偉大なる汗に仕える異国の高官マルコ・ポーロが時空を超えた旅程で奏上いたします都市、そしてはるか昔にそして遠い未来にも実在しえなかったすべての都市が記されるのでございます。偉大なる汗フビライは都城を支える目に見えない秩序について、その誕生と形成、繁栄と適応、衰兆と荒廃に照応する法則について沈思黙考なさいまして、マルコは東方の言語に不自由な間は身振り手振りでのちには言葉巧みにひたすらに語り続けるのでございます。
マルコ・ポーロがひたすらに語り続けました都市の数は五十余、偉大なる汗はそこに可能な限りさまざまの都会を演繹できる都市の雛形を思い描かれるのでございます。しかしマルコの考えます都市の雛形は例外のみによってできあがった都市でございますから、マルコが追い求める都市はたどりつくそばから脆くも消え去り、その不在のみを見詰めることになるのでございます。マルコが語ります都市のすべてには故国ヴェネツィアの影が忍び込み、思い出のヴェネツィアの姿は一たび言葉に変えられるや消えてなくなるものでもございます。