息吹 テッド・チャン
ハヤカワ文庫SF 電子書籍

こちらの『息吹』(平野誠一郎)を聴いたあとに出会って、半額セールで購入してあった本。現在、キンドルの中を漁って、積読を解消中。こんなに面白い本を積んでおいたなんて…、もっと早く読めばよかった。正統で思索的なSFというのだろうか、それなのに感動的でもあるのだ。感想を書くと長くなってしまいそうなので、なるべくコンパクトにまとめておきたい。テッド・チャンの作品は、科学や論理を扱っているようでいて、AIを含めた人間の知性に対する問いであるように思う。
まずは表題作の「息吹」:金属製の身体を持つ生命体は、地下の貯蔵庫に蓄えられた高圧の空気を金属肺に取り込み、その気圧差(「息吹」)によって生命と思考を維持している。その仕組みを解明するため、自らを解剖した解剖学者の手記という形で物語は進む。しかし、その生命の源である高圧空気はいずれ枯渇し、宇宙は平衡状態へ向かっている。
私たちの地球の生命は化学エネルギーを利用しているが、この息吹の世界では生命を支えるのは気圧差である。まったく異なる仕組みを描きながら、どちらもエントロピーの増大という宇宙の法則から逃れられない。そこに、この作品のSFらしさを感じたが、それ以上に心を動かされたのは、その危機感を他の宇宙文明に伝えたい と手記が語っている点だ。「知識は時間や宇宙を越えて誰かに届くかもしれない」という希望の物語なのだ。
「生命体は負のエントロピーを食べて生きている」というのはシュレーディンガーの言葉だが、エントロピーがマックスに増大して平衡状態となり宇宙の「熱的死」がやってくるのかどうかを心配するよりも、この暑さで熱死しないように気を付けないとね。
長くなってしまったので、後は簡単に。
「錬金術師の門」:タイムトラベル物ではあるが、千夜一夜のような不思議な物語である。〈歳月の門〉をくぐると二十年前または二十年後の世界を行き来した三人の人物の話。過去も未来も変えることができないのだが、自分の人生に対する認識が変わるのだ。緻密な語りに、納得するしかない。
「予期される未来 」:ボタン一個とLEDライト一個からなる予言機が開発された。ボタンを押す一秒前にライトが必ず光る。予言機を出し抜く方法がないという事は、自由意志が存在しない事を示している。そして未来が変更不可能であることを思い知る。その時あなたはどうなるか。わかったようなわからないような…論理で殴られたような気がする。
「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル 」:デジタル生物を育てる二十年間の話。仮想空間でAIを搭載したソフトウエアというのは、一個体としての〈赤ちゃんAI〉とでもいったらいいのだろうか。親の役目をする人間が、一対一で教育をし、経験を積ませ、愛情をもって育てていく。アバターというデジタルな身体性を持たせ、さらにロボット筐体に挿入してリアルな世界に持ち出すこともしている。私たちの子育てと重なる部分が多いが、個性を持つAIの人格権をどう考えるかとか、人間の場合とは別の問題も生まれてくる。さらに開発した会社は倒産し、プラットフォームの更新もできなくなる。その結果、AIたちは他のAIとの交流も絶たれてしまう。その状況を育ての親である人間がどう乗り越えていくのか。まさに「子育ては自分育て」という状況だ。
「デイシー式全自動ナニー 」:ナニー(子守)には子育てを任せられないと、20世紀初頭に一人の数学者によって開発されたのが機械式子育てマシーン。それがどのように使われ、廃棄されるに至ったかが語られる。開発者の父が不器用に息子を育てようとする物語でもある。当時の英国上流家庭では、母親が直接子育てをしないことも珍しくなかった。その時代背景を思うと、この物語はさらに皮肉に感じられる。
「偽りのない事実、偽りのない気持ち」 :パーソナルカメラを装着して多くの人がライフログをとっている。その膨大な映像記録を簡単に検索するソフトが普及した。過去の曖昧な記憶、または書き替えられた記憶が、映像によって精査されてしまう。それが人間に好ましいことなのか。口承文化しか持たない部族集団にヨーロッパ人の宣教師が文字を持ち込んだ時代と比較されている。ここでも、妻が去った後の父と娘とのぎくしゃくした関係が語られている。人間は物語でできている。不完全な記憶こそ物語を組み立てる素材になる。曖昧な記憶は自分への救いと他者への赦しにつながる。事実は真実とは違うのだろう。記録に残るよりも記憶に残る、というのは誰の言葉だっただろうか。
「大いなる沈黙」: 地球外生命体を探査しているアレシボ天文台の電波望遠鏡のそばに住むヨウム達は、言語を介したコミュニケーションをとっている。いるのかもわからない遠くの知的生命体を探す人類は、この絶滅しかかっているヨウム達の呼びかけに気が付かないのか。皮肉な小品だ。
「オムファロス」:へそ(ギリシャ語オムファロス)の無いミイラが見つかり、ある時期から成長輪のない木が発見される世界では、神による世界の宇宙創造が科学研究と矛盾しない。ところが、天文学上のある発見が神による創造を否定するという論文が出た。信仰の危機に直面したとき、科学者はどうするのか。テッド・チャンはドーキンスのように宗教をぶった切ったりはしない。信仰と科学は両立できるのかを問うている。
「不安は自由のめまい」:プリズムという名の装置を使えば、多元宇宙におけるパラレルなもう一人の自分と連絡が取れる。人生の分岐点において、自分の選択がその先の世界にどんな影響を与えるかを知ることが、その人にとって本当に必要なことなのだろうか。多元宇宙の仕組みを十分に理解できず、不消化だった。でも、このプリズムを使って詐欺を働こうとする男に協力しそうになる女性が、自分自身の正しい選択の積み重ねで、最終的に自分の未来を選び取っていくという決意をしたという明るい結末にほっとした。
感想を簡単にはまとめられなかったが、キンドルの中の積読本(積ドル本と称している)がとりあえず一冊減った。映画化された「メッセージ」は見たような気がするのだが記憶が曖昧なので、どうしても読みたくなって、テッド・チャンの『あなたの人生の物語』を半額にて購入してしまった。積ドル本がちっとも減らない。






