海辺のルーシー エリザベス・ストラウト
小川高義訳 早川書房 図書館本

ルーシー・バートンのことは、『私の名前はルーシー・バートン』『何があってもおかしくない』『ああ、ウィリアム』で、もうずいぶん前から知っている。ルーシーが二番目の夫を亡くし、元夫のウィリアムと少しばかり距離が縮まったのは『ああ、ウィリアム』だった。それから間もないころ、コロナがニューヨークに迫り、ウィリアムに強く促されて、メイン州の海沿いの家へ引っ越した。
田舎の町でも、コロナの影響は大きい。ウィリアムにこの海辺の家を世話してくれた弁護士のボブ・バージェスは、自家製のマスクを付けている。ウィリアムが持ち込んだニューヨークナンバーの車に、「出ていけ」という貼紙があった。ソーシャル・ディスタンスとロックダウンで、閉塞感のある社会は、気が滅入るものだった。
この小説の面白さの一つは、同じ著者の別の作品に登場した人物たちが、ここにも顔を出すことだ。『バージェス家の出来事』のバージェス、『オリーヴ・キタリッジ』『オリーヴ・キタリッジ、ふたたび』のオリーヴが登場する、連作長編みたいになっている。
疎遠になっていた知人に久しぶりに会った気がした。ルーシーも前作に出てきた話を繰り返して語っている。ああ、そうだったねと、懐かしく思い出す。新しく知り合った人たちの意外な関係にルーシーが癒され、娘たち(クリッシーとベッカ)との距離が変化し、ウィリアムとも近しくなる。そんな些細な日常が、とりとめもなく続き、話が現在から過去へ行ったり来たりする。ルーシーの日記のような小説を読んでいると、私自身の記憶もよみがえる。
これまでのシリーズの中で、私はこの本がいちばん好きだ。ルーシーの人物像がいっそう明確になり、子供時代の貧困の記憶が、彼女の人生にどれほど影を落としてきたのかも、改めてよくわかった。
ルーシーの語りは、柴崎友香の小説(例えば『わたしがいなかった街で』、『続きと始まり』など)の登場人物を思い出させる。ドラマチックではない日常の断片、他人を見つめる寛容な視線、人と人の間の絶妙な距離感などに、共通点があるのかもしれない。もちろん、コロナ禍の中での出来事であることは大きな要素だが、日常生活のささやかなことを通して、その時期を描く様子がとても好ましい。柴崎友香とエリザベス・ストラウト、文学として同軸に語っていいかどうかは分からないが、私の「自分軸」でいえば、両方とも大好きな作家なのだ。
ルーシーの物語は、未邦訳の『Tell Me Everything』があるそうで、オリーヴとルーシーが邂逅するらしい。早く読みたいなあ。






