華竜の宮(上/下) 上田早夕里
短編『魚舟・獣舟』では、海面上昇により陸地の多くを失った地球の未来を垣間見せてくれたが、本書は本編となる〈オーシャン・クロニクルズ〉の長編で、2010年の日本SF大賞受賞作だそうだ。『魚舟・獣舟』の抒情的なテイストとは異なり、がっつりとハードなSFで、小松左京の『日本沈没』を思い出した。読み応えのある骨太のSFに大満足だった。うれしくなって、長々と書いてしまった。↓
ホットプルームにより海面が260メートル上昇し、大混乱時代を経て世界はいくつかの地域に分かれ、せめぎあいながらも危ういバランスを保っている。日本は沈没こそ免れたが、日本群島として北米を中心とした連合の元で、中国を中心とした汎アジア連合に対する盾となっていた。 (この構造は現在と変わらないじゃないの。)
地球の大変動でそれまでの価値観は一変し、地球環境は保全する対象ではなくなった。生命倫理も一変し、人間を含むあらゆる生物が遺伝子改変の対象となった。
陸地を失った人々は遺伝子改変を受けて海に適応した海上民として暮らし、彼らの乗っている船【魚舟】は、双子として生まれた自らの同胞だという。海上民の女性は必ず双子を生み、双子の片割れの魚形態の仔を海に放つ。片割れの人間形態の子が思春期になったころに、人間がその中で暮らせるくらい大きな魚舟として戻ってくるのだ。人間とペアになれなかったものは【獣舟】として形態変化して上陸し、祖先帰りする! 科学ベースではあるが荒唐無稽なまでのSF設定、目をそむけたくなる容赦のない戦闘場面に、描写の巧みさでつい夢中になってしまう。
だが中心となるテーマは外交交渉と政治力学にあるように思う。困難な世界の中で、さらに人類が全滅するような地球的危機が半世紀後に予測される。アジア大陸内陸部の大規模なホットプルームだ。人類のわずかな生き残りをかけて、懸命に努力する末端の外交官である青澄誠司たちの物語だ。個人レベルの政治的な駆け引きや交渉がリアルに思えて、一番面白い部分だった。(上田さんの上海シリーズの『ヘーゼルの密書』では、同様の趣向で日中戦争中の民間レベルの和平交渉に奔走する人々が描かれていた。)
物語の多くの部分は、外交官青澄と脳波通信でつながっている人工知性体アシスタントである「僕」=マキの視点で進行している。青澄の思考と人格が主観と客観の間に描かれ、青澄とマキのバディ関係が実に面白い。他に、海上民としての矜持を持つツキソメ、海上民でありながら陸上で暮らす苦悩を抱えたタイフォンなどの人物が魅力的だった。
更なる人類の危機に際して何が起きるのか、続編ともいえる『深紅の碑文』を読みたい。オーシャンクロニクルズの短編は『リリエンタールの末裔』『獣たちの海』にもあるらしい。
そして読んだときは意味が分からなかったが、もしかしたら『夢みる葦笛』の中の「完全なる脳髄」は、この世界の地続きなのかも。