壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

世界が終わるわけではなく ケイト・アトキンソン

世界が終わるわけではなく ケイト・アトキンソン

東京創元社 海外文学セレクション 電子書籍

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ケイト・アトキンソンの短編集は,12編が独立した短編かというと,そうではない。でも連作短編かというと,どうなんだろう,テイストのかなり異なる作品が詰め込まれている感じなのだ。『博物館の裏庭で』も『ライフ・アフター・ライフ』も一筋縄ではいかない構造を持つ長編だったが,この短編集も読むにつれて不思議さを増していく。

あれ?この人物は別の場所で出会ったような気がする。この女性はあの人の双子の妹だったっけ。この母親は他の所では学校の先生だったはず。それとも名前が同じだけなの? この世界とあの世界は明らかに違うし年代も一致しているのかどうかわからない。日常からはみ出してしまう設定の話と,現実には納まるが「奇妙な味」の作品とが混ざっている。

訳者の解説によれば,”変身(変容)が重要なモチーフになっている”という。作品どうしの相互関係がなくても十分に読ませるものばかりなのだが,我々読者が作品どうしのつながりを見つけることで孤独な主人公たちの癒しになり,我々の救いになるような気がした。

読み終わってから,もう一度読み返したり,作品どうしのつながりを電子書籍の本文検索機能で調べてみたりした。予想以上につながりがあってビックリだった。そしてこの世界の構造が少し見えたような気がした。最初と最後のシャーリーンとトゥルーディの世界という枠が存在し,残りの十の話が枠の中に入るのか。

でも,トゥルーディの双子の妹ハイディが「猫の愛人」に登場するし,パムたちの作ったらしいボンボニエーレがシャーリーンとトゥルーディが買い物をしている売り場に現れているし,枠と枠の中身が侵食し合っていて,合理的に解釈しようという努力は灰燼に帰したw

あらすじは書いてもしょうがないくらい奇妙だし,つながりを書くのはネタバレだし…どうしよう

1.シャーリーンとトゥルーディのお買い物 

街はテロ行為で破壊され食糧も手に入りにくい状況でも,二人は母親の誕生日のプレゼントを選ぶのに夢中でカフェやデパートでおしゃべりをし続ける。「世界は欲しいものにあふれている」みたいな会話。

2.魚のトンネル

12歳になる男の子エディの日常は冴えないが,魚になりたいと思うくらいに魚に夢中で芯は強い。

3.テロメア

テロメアの研究をしているメレディス・ゼインはヨーロッパ旅行の間に出会ったゴールドマン夫人は奇妙なケープを纏い,不老不死だという。アメリカのゼイン一族(女系一族)の年代記みたいな話だった。あのケープがテロメアだったのか!

4.不協和音

母親(パム),娘(レベッカ),息子(サイモン)の家族の会話と心の内の声は全部不協和音。パムはエディの学校の先生かな。

5.大いなる無駄

孤児として育ったアディソンは,妻子を得てから自分の父親のことが気になり始めた。子供の頃の父親との出会いは過酷だったが思いは複雑だ。ここにもパム?

6.予期せぬ旅

母親のロムニー・ライトは8才の息子アーサーをナニーのミッシーに託して,ヨーロッパにいる父親に会いに行かせたが父親には会えない。アーサーの不安な心の内を埋めるのは変身願望?

7.ドッペルゲンガー

強い眠気に負けてしまうフィールディングは,記憶が途切れるらしい。記憶喪失なのかと思ったらドッペルゲンガーに遭遇。できたら悪夢と思いたい。

8.猫の愛人

大嵐の夜にハイディに付いてきた雄猫は人間くらい巨大になって,また大嵐の日に姿を消した。ハイディは腹部の超音波画像を見て

9.忘れ形見 

両親を早くに亡くし引き取った祖父母が火事で亡くなった後,ヴィンセントはナンシー・ゼインと出会って結婚したが,ナンシーは麻酔事故で亡くなった。ヴィンセントは形見に…ゼイン一族の物語…そうだったんだね。

10.時空の亀裂

自動車事故で死んだマリアンヌは死後も(成仏できずに…キリスト教だとなんていうの?)家族を見守る。半年たって成仏するのかと思ったら…

11.結婚記念品

夫が出ていき,娘レベッカが独立し息子サイモンが大学寮に入った後,一人になったパムは寂しい。友人が商売に誘うが…ボンボニエーレって,どこかで見たよ

12.プレジャーランド

これはシャーリーンとトゥルーディの別の世界なのか。疫病が流行ってロックダウンされた建物はライフラインも途絶え,食糧も尽きた。そんな中でやはり二人は「せかほし」風会話を続ける。でももう限界?変身譚と輪廻転生の話をしながら,「心配しないで、これで世界が終わるわけじゃないんだから」

およね平吉時穴道行  半村良

およね平吉時穴道行  半村良

角川文庫  電子書籍

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半村良の『産霊山秘録』を再読するつもりだったが,伝奇長編小説に向かう体力がなくてこの短編集にしてみた。半村良の初期短編集だそうだ。表題作の「およね平吉時穴道行」は,たぶん,50年くらい前の当時の「SFマガジン」で読んだのだと思う。それ以外の短編は読んだ覚えがなかった。70年代は日本のタイムトラベル物の全盛期だったような気がする。

そのころ(昭和40年代)にコピーライターの「私」が親類の老人から山東京伝にまつわる古文書を受け継いだが,その中に素人の書いた日記が混ざっていた。天明四年(1784年)から始まり,明治三十三年(1900年)で終わる日記は,同一人物「平吉」の手によるものだった。…という導入部から,山東京伝の妹「およね」が昭和で新進のスターになっていて偶然に「私」がそれに気づく。…もう現代では物珍しさもなくなってしまったが,その頃は和もののタイムトラベル作品として新鮮だったことを覚えている。

その他の短編も昭和の色濃い作品で,今読むと「昭和は遠くなりにけり」感は否めない。宇宙から出稼ぎにきたおじいさんが酒を飲んで愚痴っている「酒」や,宇宙人に「収穫」されてしまう人類や,猛烈サラリーマンたちの男の美学が書かれた「虚空の男」など。

真夜中のパーティー  フィリパ・ピアス

真夜中のパーティー  フィリパ・ピアス

岩波少年文庫  電子書籍

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トムは真夜中の庭で』がファンタジーだったので,ごく日常の子供たちの小さな出来事ばかりの短編が意外でした。でもこの歳になっても子供の時の気持ちに少しだけ戻ることができるのに,我ながらビックリしました。子供の日々の小さな出来事は,子供にとっては大事件です。8編の短編はそれぞれに子供の心の動きをそのままに,大人の言葉ではなく,子供が感じたそのままに描き出してくれます。

メイシーさんが飼っていた目の見えない老犬を奥さんが追い出した。ぼくの家では飼えない老犬を隣の「よごれディック」が保護した。大人たちのやっていることに戸惑う。

寝ているうちにハエが耳にもぐりこんでチャーリーは真夜中に目が覚めた。なりゆきで兄弟姉妹4人の「真夜中のパーティーが始まってしまう。母親にばれないようにめぐらす策略が最高!

老木ゆえに切り倒される「牧場のニレの木」をめぐる少年たちの力関係。

「川のおくりもの」が描き出す繊細な心の動きが印象に残る。川遊びをしている時に見つけた珍しい淡水貝を,ロンドンから来た従弟に持ちかえらせるときの揺れる気持ちがいい。意地悪したいわけじゃないけれど,なんとなく悔しい。

耳の聞こえないおじいさんと無口な孫の「ふたりのジム」の交流がとても素敵。子供の時の祖父母に対する気持ちがよみがえってくる。

この本で,唯一,女の子が主人公のキイチゴつみ」。少しばかり強引な父親との関係が変化する微妙な年ごろ。

水泳の訓練の「アヒルもぐり」でレンガの代わりに古いブリキの缶を川底から拾い上げた少年の,ひそかな達成感がいい。

午後の秘密の冒険の愉しみを,近所の小さな女の子の子守りのために台無しにされ,さらに誤解されて怒られてしまった少年のカッコウ鳥が鳴いた」

七十歳死亡法案、可決  垣谷美雨 / 銀齢の果て 筒井康隆

七十歳死亡法案、可決   垣谷美雨

幻冬舎文庫  電子書籍

銀齢の果て 筒井康隆

新潮文庫  電子書籍

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古希の記念に,70歳にまつわる小説を2冊読みました。

七十歳死亡法案、可決 

「七十歳死亡法」という点がインパクト大なのかと思ったら,70歳で死ぬという前提が無くても成り立つ「いい話」でした。55歳専業主婦の東洋子の家族の「嫁姑問題」「介護問題」「夫不用問題」「息子引籠り問題」「母娘問題」に加えて,日本の「財政逼迫問題」が「七十歳死亡法案」によって一気に解決するという事なので,めでたしめでたしでした。女性目線で描く家族の問題はわかりやすくて,面白かったけれど,個人的にはもう少しエグ味が欲しい所です。70歳以上を安楽死させるっていうけど,安楽死じゃないでしょ,ジェノサイドでしょ。20倍以上の超過死亡をどう処理するのとか,70歳の私としてはいろいろ想像していたけれど,自分勝手な妄想は老化のせいでしょう。

銀齢の果て 筒井康隆

もう一冊古希の記念に15年ぶりに再読しました。筒井康隆が70歳の時に書いた『銀齢の果て』は老人人口を調節して国民年金制度維持のための老人相互処刑制度によって70歳以上の老人が殺し合うシルバーバトルロイヤルです。15年前(2006年)に読んだときは,私は55歳で上記の東洋子と同年齢でした。その時は70歳なんてもっとずっと先のことだと思っていたのですが,今思い返すとあっという間でした。いろいろあった辛いことをどんどん忘れるのは老化のせいでしょう。

老人たちが死力を振り絞って戦うという,スラップスティック筒井節はもう慣れていますので,エンタメとして読むことができました。ただ読んでいるうちに,このディストピアは,テレビで刻々と死者数が報道されるところとか,現在のコロナを感染し合って弱いものが亡くなっていく今の状況につながるものがあるようで情けなくも思いました。一方,政権をめぐって70歳以上の老人たちが国民を守らずに自分勝手に利権争いをしているのを見て怒りがこみあげていました。だんだん怒りっぽくなるのは老化のせいでしょう。

古希のつぶやき

70歳関連には「70歳からの筋トレ」とか「70歳からの人生の楽しみ方」「長生きするには」とかもありますが,そういうハウツー本は目次を読めばだいたいの所はわかってしまいます。個人の努力のレベルで出来ることはそう多くはありません。いくら計画してもその通りに行かないのが人生であることはわかっています。つつましく穏やかに暮らせればじゅうぶんですが,それはもう贅沢なのかもしれません。特に長生きがしたいわけでもありませんが,自ら死ぬ選択をとりたくはないし,寝たきりにもなりたくないし,人間我儘なものです。若い世代をもっと大事にしたい気持ちはありますが,コロナの中で,ワクチン接種を70歳未満に限定なんていうことをする勇気は誰にもなかなかないでしょう。ましてや,高齢化社会をどのように運営するのか,さらに,地球温暖化にどう対処するか,これらは人類が初めて遭遇する問題です。って,人類の未来を心配するより,自分自身の余生をどうするか心配しろ!とは思いますけれど…いつもこの辺りで思考停止し,小説というフィクションの世界に逃げ込んでしまうのです。さあ次は,何を読もうか。

 

 

ホーム・ラン  スティーヴン・ミルハウザー

ホーム・ラン  スティーヴン・ミルハウザー

柴田 元幸訳 白水社  図書館本

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もう十年以上も前にミルハウザーの初期の作品『ナイフ投げ師』『バーナム博物館』を読んだ時の驚きを,いまだに覚えています。濃厚で過剰なミスハウザーの世界は最新作の短編集でも変わることがありませんでした。日常の一点をひたすら掘り下げていくとそこに別世界の入り口が見え,次の展開に期待して読んでいて胸が苦しくなるほどです。本書は最新の短編集ですが,原書が厚すぎるために,日本では二冊に分けて翻訳出版するとのこと。二冊目は『夜の声』になるらしい。

そしてなによりも,柴田さんの自由闊達な翻訳が素晴らしくてミルハウザーの世界を堪能しました。

 

以下は多少ネタバレのメモ。♪はいつものトンチンカンな個人的感想です。

ラクル・ポリッシュ

あの訪問セールスマンから買った研磨剤で鏡を磨くと,写った自分の自己肯定感が高まる。でも鏡に写る彼女しか見てくれないことに絶望した恋人モニカは離れていった。そして決死の犠牲を払ったのに…。

♪磨きたくはなるけれど,鏡は曇っているくらいでちょうどいいわ。♪

 

息子たちと母たち

もう何年も帰っていない実家には母が一人で住んでいるはずだ。近くに来たついでに訪ねた実家で…。現在と過去と罪悪感と願望が入り混じって,現実を直視できない。

♪そこで帰っちゃうのかよ! 息子たち,言い訳をしないで,たまには実家に連絡しなさいよ。でも,「サイコ」のような母との長い同居も避けたいけどね。♪

私たちの町で生じた最近の混乱に関する報告

住みやすい理想的なまちのはずだったのに自殺が相次ぎ若者たちの自殺願望が流行している。原因不明の事象をどう扱うのか,どうしたら防げるのか,どんどん逸脱していく。

♪他の死をもって,死を制するという方法しか思いつかないのか♪


十三人の妻

同居する妻たちとの関係性は想像をはるかに超える多様性に富んだものだった。十三番目の妻はもう観念としての存在なのだ。

♪当然だが,一夫多妻の夫の寿命は平均より短いそうです(笑)。♪

 

Elsewhere
住居侵入のかすかな気配が頻発する町で,原因を追究する人たちが次々に妄想を作り出す。夏の終わり,八月の最後の週に町の皆がここに無い何かを求めて非物質化するような体験をした。

♪まさに今,八月の終わりの週に読んでいて,自分が周りの空間と一体化したような気がした。今まさに夏の終わり,酷暑の終わるころに何かが起こる気配さえ感じる♪

 

アルカディア

高級リゾートに誘うパンフレットの形で進行する。風光明媚な環境,贅沢な施設と食事… …移行支援員による意思決定プロセスの質的向上… お客様の声… だんだんに不穏な雰囲気が… もうわかったからやめて!というくらい懇切丁寧にお誘いされた。
♪最初,倉本聰の「やすらぎの郷」かと思ったわ。人生の最後を過ごす施設という意味では同じか。キリスト教での禁忌を迂回しながら書くとこんなふうになるのか。♪

 

若きガウタマの快楽と苦悩
釈迦が出家するまでのお話。出家するのではないかとの虞からありったけの快楽を与えられ,自分探しの旅に出ないように軟禁されている王子の苦悩。

♪絢爛豪華なお城や庭園の景色や美女たちの後宮の描写が耽美過ぎて,物語がどこへ向かうのかと思うが,結末を知っている我々はガウタマと友人チャンダの別れがいつ来るのか気が気ではない。♪

 

ホーム・ラン

九回裏ツーアウト,同点でランナー一,三塁,打ったボールはどこまで行くのか…アナウンサーによる実況中継は音声にして聴いてみたい逸品。
♪アナウンサーがホームランボールを追いかけているうちに,打者のマクラスキーはコーチになっちゃってるよ! 古館さんとかスポーツ実況の手練れにぜひ読んでもいらいたい。これはもう柴田翻訳の独壇場。「サヨナラ三角また来て四角」って,どんな英語だったのだろうか(笑)。♪

エッセイ 短篇小説の野心

♪9編目の短編小説のようです♪

 

ミルハウザーの長編も読んでみたい。これは唯一岸本さんの翻訳だけど,初期の『エドウィン・マルハウス』にしましょうか。唯一電子書籍になっています。

 

 

変な家  雨穴

変な家  雨穴

飛鳥新社  電子書籍

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高齢者でも動画をよく見る。引っ越しの予定はないが,面白い間取りの家の内覧をする「○○不動産」なんていう動画を見る。ミステリでもホラーでも家や間取りの謎は魅力的だ。この動画がおもしろいと教えてもらい,さらに本を買ってしまった。いくつになっても野次馬根性が抜けない。

『変な家』はドキュメンタリー風のホラーだ。事件や怪異はないが違和感のある間取りに妄想をふくらませただけで動画は終わるのだが,その先が本になっている。ホラー(怪談)というのは怪異の事実が怖いのではなく,その語り方が怖いのだといつも思う。「語り」は音声だけでなく文章も映像も含むが,情報をどういう順序でどういう言葉で伝えていくのか,というのが恐怖をあおるうえで重要なのだろう。家の中の隠し部屋とか仏壇とか面白い要素がたくさんあったので,もっと小出しに詳細に語ってくれたらもっと面白くて怖いものになったと思う。稲川さんの語る話を,そのままNHKアナウンサーがニュースのように読んだら怖くないはずだ。

肝心なことを忘れていた。私は怖いホラーは苦手だった。だからちょうどいいのかもしれない。『残穢』(小野不由美)もドキュメンタリー風ホラーだが,怖くて眠れなかった。

ホテル  エリザベス・ボウエン

ホテル エリザベス・ボウエン

太田良子訳 国書刊行会   図書館本

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ボウエンの短編集『あの薔薇を見てよ』,『幸せな秋の野原』は手ごわかったけれど,非常に魅力的だった。わかりにくさは訳文のせいもあるけれど,それ以上にあいまいな描写や結末に戸惑った。でもそれも魅力の一つだ。今回はボウエンの第一作目の長編に挑戦したのだが,英文学の対訳テキストのような訳文で,長い形容詞句の修飾部分が日本語の語順とは違うので,すんなり頭に入ってこない。300頁の本を読むのに3週間もかかった。ボウエンだけ読むのに飽きて,その3週間の間に他の本を8冊読んでしまった。

 「あらすじ」などのいうものを受け付けないボウエンの作品だから,とりとめのないメモを作っておこう。20世紀初頭の戦間期リヴィエラのホテルに滞在する有閑階級のイギリス人たちというのは,E・M・フォースターの『ハワーズ・エンド』や『眺めのいい部屋』の時期と重なるし人間関係をめぐるドラマという点では共通する。しかしフォースターの作品から人物描写の明確さとドラマチックな展開を取り除いた後のような,美しいけれど曖昧な描写でボウエンの人物たちの正体は容易にとらえられない。

両親を亡くしているシドニーという若い女性(二十二歳)は,テッサ・ベラミーという中年の従姉とホテルに滞在している。シドニーの若さゆえの戸惑いや行動が中心に描かれる。シドニーは特にミセス・カーという未亡人に対して特別な思いを持っているらしい。ミセス・カーの正体(?)は最後まで分からなかったが,ホテルの滞在客の中では特別な存在のようだ。あまり社交的ではないが,多分裕福で非常に優雅に見える。シドニーはたぶんミセス・カーに気に入られたいらしいが単純に率直になれないし,ミセス・カーもシドニーに親切だけれど本心がわからないタイプの女性なので,シドニーは不安な様子だ。離れて暮らしているミセス・カーの息子ロナルドがホテルにやってくる場面にシドニーはかなり動揺している。

(…というような心理が登場人物の会話と行動だけでえんえんと描写されるので,すごくわかりにくい…)シドニーは突然に求婚されたミルトン牧師と突然婚約して突然婚約破棄し,最後にはミセス・カーからも巣立ったのだ。休暇を終えた人々はホテルから立ち去っていく。ホテルの他の滞在客は,個性的な,または典型的な人物として描かれていて面白いのだが,その面白さに行き着くまでが大変だった。しかし,読み終えてもう一度思い出してみると,それぞれの人物の印象が鮮明であったことに気付く。