壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ホテル  エリザベス・ボウエン

ホテル エリザベス・ボウエン

太田良子訳 国書刊行会   図書館本

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ボウエンの短編集『あの薔薇を見てよ』,『幸せな秋の野原』は手ごわかったけれど,非常に魅力的だった。わかりにくさは訳文のせいもあるけれど,それ以上にあいまいな描写や結末に戸惑った。でもそれも魅力の一つだ。今回はボウエンの第一作目の長編に挑戦したのだが,英文学の対訳テキストのような訳文で,長い形容詞句の修飾部分が日本語の語順とは違うので,すんなり頭に入ってこない。300頁の本を読むのに3週間もかかった。ボウエンだけ読むのに飽きて,その3週間の間に他の本を8冊読んでしまった。

 「あらすじ」などのいうものを受け付けないボウエンの作品だから,とりとめのないメモを作っておこう。20世紀初頭の戦間期リヴィエラのホテルに滞在する有閑階級のイギリス人たちというのは,E・M・フォースターの『ハワーズ・エンド』や『眺めのいい部屋』の時期と重なるし人間関係をめぐるドラマという点では共通する。しかしフォースターの作品から人物描写の明確さとドラマチックな展開を取り除いた後のような,美しいけれど曖昧な描写でボウエンの人物たちの正体は容易にとらえられない。

両親を亡くしているシドニーという若い女性(二十二歳)は,テッサ・ベラミーという中年の従姉とホテルに滞在している。シドニーの若さゆえの戸惑いや行動が中心に描かれる。シドニーは特にミセス・カーという未亡人に対して特別な思いを持っているらしい。ミセス・カーの正体(?)は最後まで分からなかったが,ホテルの滞在客の中では特別な存在のようだ。あまり社交的ではないが,多分裕福で非常に優雅に見える。シドニーはたぶんミセス・カーに気に入られたいらしいが単純に率直になれないし,ミセス・カーもシドニーに親切だけれど本心がわからないタイプの女性なので,シドニーは不安な様子だ。離れて暮らしているミセス・カーの息子ロナルドがホテルにやってくる場面にシドニーはかなり動揺している。

(…というような心理が登場人物の会話と行動だけでえんえんと描写されるので,すごくわかりにくい…)シドニーは突然に求婚されたミルトン牧師と突然婚約して突然婚約破棄し,最後にはミセス・カーからも巣立ったのだ。休暇を終えた人々はホテルから立ち去っていく。ホテルの他の滞在客は,個性的な,または典型的な人物として描かれていて面白いのだが,その面白さに行き着くまでが大変だった。しかし,読み終えてもう一度思い出してみると,それぞれの人物の印象が鮮明であったことに気付く。