ライフ・アフター・ライフ ケイト・アトキンソン
青木純子訳 東京創元社 図書館本
1910年2月10日,英国生まれのアーシュラ・ベレスフォード・トッドは,何度も死んで何度も生まれる。そんな女性の人生をくり返し描いた550頁2段組の大部の小説。人生双六のように突然に振出しに戻ってやり直す人生には前世の記憶はほとんどなく,前世とは少しずつ異なる展開がある。毎回大雪の日に生まれ,思春期になるまでに数回,そして20代と30代でまた数回死ぬ。第一次大戦,スペイン風邪,第二次大戦という時代を生き延びるのは大変だった。アーシュラはわずかなデジャヴュをもとに自分の人生の意味を見出していくようにも見えるのだが。
ユーモアと多少の皮肉を交えた筆致にはタイム・リープといったSF的な要素はなく,女性たちの会話はジェーン・オースティンを思わせるし,アーシュラの生まれたロンドン郊外の屋敷フォックス・コーナーでの暮らしはE.M.フォースターのようでもあり,イギリスの家庭小説のように読みやすい。またロンドン大空襲(The Blitz)の描写はリアルで凄惨なものだ。小説の構成がトリッキーであることを否めないが,何度も死んで何度も生き返っては一生懸命生き伸びようとするアーシュラの生への希望に感動すら覚える。千と千尋のテーマ曲「いつも何度でも」を思い出してしまった。
♪悲しみはかぞえきれないけれど・・・その向こうできっとあなたに会える・・・繰り返す過ちのそのたび・・・生きている不思議死んでいく不思議・・・閉じていく思い出のそのなかにいつもわすれたくないささやきをきく・・・ゼロになるからだ充たされてゆけ♪ (作詞 覚和歌子)
ケイト・アトキンソンの『博物館の裏庭で』は,四世代の女たちの人生を描いたとても面白い本だった。そのうち短編集『世界が終わるわけではなく』を読もう。
以下は完全にネタバレです
何度も繰り返されるアーシュラの物語を読みながら,冒頭の暗殺場面にはいつ行きつくのかと思っていた。天寿を全うした回もあった。何度も生死を繰り返すうちに,アーシュラのデジャヴュは輪郭を強め,無意識の焦燥感を持って彼女はドイツ語を勉強しエヴァ・ブラウンと友達になってヒトラーに近づいていくのだ。でも最後の最後でもう一度「フューラー」暗殺場面に戻り,結局はその結果が掲示されないまま生まれ変わっている。暗殺(未遂?)によって歴史の流れに大きな変化があったとは思えなかったが,ただ墜落して死んだはずの弟テディが捕虜となっていたロシアから帰国していた。
目次が相当に複雑な章立てで,登場人物一覧がないので(ないほうがおもしろいけど),忘れないようにメモを取りました。
目次に沿って,アーシュラの死(■)と寿命,出生またはやり直し(◎)を表にしてみた。何度死んでいるんだ!
諸君よ、勇奮の人であれ |
1930年11月 |
■? |
20歳9カ月 |
アーシュラはカフェでフューラーを銃で撃ったが,側近に撃たれた。 |
雪 |
1910年2月11日 |
◎ ■ |
0か月 |
シルヴィの赤ん坊は早産で臍の緒が首に巻き付いていた |
雪 |
1910年2月11日 |
◎ |
シルヴィの赤ん坊は臍の緒が巻き付いていたが助かった |
|
四季は一年の尺度 |
1910年2月11日 |
シルヴィがヒューと結婚したいきさつが語られ,赤ん坊はアーシュラと名付けられた |
||
1910年5月 |
ヒューの妹イジーの私生児と,アーシュラの成長 |
|||
1914年6月 |
■ |
4歳4カ月 |
四歳になったアーシュラは海で溺れた |
|
雪 |
1910年2月11日 |
◎ |
アーシュラが生まれた |
|
戦争 |
1914年6月 |
アーシュラは姉パメラと溺れかけて助けられた。弟テディが生まれている。 |
||
1914年7月 |
||||
1915年1月 |
■ |
4歳11カ月 |
ヒューは志願し前線に送られた。寄宿学校から帰っていた兄モーリスのいたずらで投げ捨てられた人形を拾おうとしてアーシュラは屋根から転落 |
|
雪 |
1910年2月11日 |
◎ |
フェローズ医師は死地から赤ん坊を救い出した |
|
戦争 |
1915年1月20日 |
アーシュラは屋根から落ちなかった。戦時下の食卓には飼っていた鶏が載った。 |
||
休戦 |
1918年6月 |
テディの4歳の誕生日サプライズパーティーを計画しているシルヴィ |
||
1918年11月11日 |
■ |
8歳9か月 |
ブリジットとクラレンスがロンドンに出かけて帰ってきた。ブリジットがぐわいが悪く,アーシュラにも感染して呼吸が止まった |
|
雪 |
1910年2月11日 |
◎ |
フェローズ医師がトッド家に泊まっている。夜中に起こされたが赤ん坊のことではない。 |
|
休戦 |
1918年11月12日 |
■ |
8歳9か月 |
ブリジットとクラレンスがロンドンに出かけて帰ってきた。次の日ブリジットがインフルエンザで死に,テディとアーシュラにも感染して死んだ。 |
雪 |
1910年2月11日 |
◎ |
雪の日にアーシュラは生まれた |
|
休戦 |
1918年11月11日 |
■ |
8歳9か月 |
(ロンドンから)帰ってきたブリジットと接触しない工夫を(無意識に)したアーシュラだが,結局感染して死んだ。 |
雪 |
1910年2月11日 |
◎ |
雪の日にアーシュラは生まれたらしい。フェローズ医師の車が雪に埋まったが,助けられた。 |
|
休戦 |
1918年11月11日 |
■ |
8歳9か月 |
ブリジットは足をくじいていたが,無理してロンドンの戦勝祝賀会に行った。アーシュラは感染して死んだ。 |
雪 |
1910年2月11日 |
◎ |
アーシュラ生まれた。 |
|
休戦 |
1918年11月11日 |
アーシュラは,かすかな既視感と千里眼を持っているような・・・ロンドンに行く予定のブリジットを階段から突き落とし腕が折れた。パパが帰ってきた。 |
||
平和 |
1947年2月 |
■ |
37歳 |
戦後の混乱期,アーシュラはひとりロンドンで死亡集計の仕事,シルヴィは1945/5/8に自死。テディは戦死。アーシュラはガスストーブのガスで中毒死 |
雪 |
1910年2月11日 |
◎ |
生まれて,ミセズ・グローヴァの飼い猫に窒息させられそうになったが,シルヴァの人工呼吸で無事生還。 |
|
巣穴の狐 |
1923年9月 |
ヒューの妹イジーの話。新聞にコラムを書いている。ジミーはトッド家の末息子(5人目)。10歳のアーシュラはカウンセリングを受けている。イジーの派手な生活。クラレンスはインフルで死んでいた。 |
||
1923年12月 |
クリスマスの準備に忙しいトッド家。アーシュラとテディは身元不明の女児の他殺遺体を発見。 |
|||
1926年2月11日 |
アーシュラの16回目の誕生日。イジーは本を書いた。アーシュラは兄モーリスの友人ハーウィーにキスされる。 |
|||
1926年5月 |
アーシュラはハーウィーに「deflower」される。モーリスは首席でオックスフォードを卒業し法曹の道に。アーシュラは「太った」。ロンドンのイジーに相談し,無自覚に中絶。 |
|||
1926年8月 |
アーシュラは「敗血症」だった。パメラはリーズ大学で化学専攻。隣家ショークロス家のナンシーが霊安室に。アーシュラは秘書養成学校で速記とタイプを学ぶ。 |
|||
1932年6月 |
■ |
22歳 |
パメラは結婚。アーシュラは大手輸入会社で働いているが,一人暮らしで,いつしか隠れドリンカーになった。転んで助けてくれた男と結婚。新婚生活は悲惨だった。DVに耐えかねて逃げ出したが夫デレクに殴り殺された。 |
|
1926年2月11日 |
(◎) |
アーシュラの16回目の誕生日。兄モーリスの友人ハーウィーにキスされそうになって,顔面パンチした。(別の人生を歩むらしい) |
||
1926年8月 |
アーシュラは高校でフランス語が得意。アーシュラは隣のコール家のベンジャミンに恋している。胸騒ぎがしてナンシーと共に帰宅。ナンシーは無事。 |
|||
明日は素敵な1日に |
1939年9月2日 |
パメラは四人目を妊娠。モーリスは内務省のお偉いさん。アーシュラは秘書学校を卒業して内務省で働き部下を持つまでになった。愛人もいる。ドイツへの宣戦布告の前日,パメラとアフタヌーンティーしながら,ロンドンからの疎開を話し合っている。 |
||
1940年11月 |
■ |
30歳 |
The Blitzのただなか,水たまりであおむけに倒れながらのアーシュラの走馬灯のような最期の回想。イジーは結婚してアメリカ。トッド家の人たちは無事。クライトンと別れドイツ語講座で知り合ったラルフと付き合った。 |
|
明日は素敵な1日に |
1939年9月2日 |
(◎) |
(前回買わなかった)クレープデシンのドレスを買ったアーシュラ。(前回は別れた)クライトンと同棲。 |
|
1940年4月 |
クライトンと同棲中。ヒューの60回目の誕生日にフォックス・コーナーに帰る。家族がそろう |
|||
1940年11月 |
■ |
30歳 |
同棲前に住んでいたアパートの移民の女性に古着を届けに行ったアーシュラは爆撃にあって命を落とした |
|
明日は素敵な1日に |
1940年9月 |
(◎) |
クライトンと別れた。 |
|
1940年11月 |
■ |
30歳 |
アパートの地下の防空壕ではなく,犬を助けるため外に出たアーシュラは爆撃は逃れたのに壁の下敷きになった。 |
|
1926年8月 |
(◎) |
16歳の夏アーシュラは,ナンシーを送り,あやしい男の手から逃れた。 |
||
再生の地 |
1933年8月 |
大学卒業後,教員課程に進む前の一年,アーシュラはミュンヘンに滞在してヒットラーのドイツを見聞している。ユルゲン・フクスという金髪碧眼のイケメンと知り合う。 |
||
1939年8月 |
エヴァとフューラーって・・・まさか。アーシュラはユルゲンと結婚,5歳の娘フリーダがいて,エヴァとは友人らしい。1935年にはいったん英国に里帰り。ドイツの市民権をとり,エヴァの屋敷に招かれて,フューラーとその幹部をよく知ることになる。アーシュラがイギリスに帰るには手遅れだった。 |
|||
1945年4月 |
■ |
35歳 |
イギリスとアメリカの無差別空爆の中で,アーシュラはベルリンでフリーダと二人だった。ソ連軍が迫る中,アーシュラはフリーダに薬をのませ,自分もそれを含んだ。 |
|
長く厳しい戦い |
1940年9月 |
(◎) |
ロンドン大空襲の中,防空巡視員として働くアーシュラは何度も凄惨な場面に出会っている。ラルフと付き合っている。フレッドの機関車で実家フォックスコーナーからロンドンに帰り着いた |
|
1940年10月 |
空襲の間のちょっとの安らぎ。ラルフとの関係が進む。ジミーの休暇など |
|||
1940年10月 |
父ヒューの葬儀。イジーは16歳の時に生んで手放した赤ん坊の行方を確かめぬままヒューが逝ってしまったと嘆いている。 |
|||
1940年11月 |
巡視員たちのコンサートの直後に爆撃の凄惨な現場に向かった。アーシュラは幻覚のようなものを見る。ミュンヘンでのホースステイは一年限りだった(回想)。たくさんの知人をうしなっい,アーシュラも間一髪だった。フレッド・スミスと再会し一夜を過ごす。 |
|||
1941年5月 |
ラルフとは次第に離れ,クライトンとよりを戻す。テディは訓練を終えて爆撃機のパイロット。消防隊に入ったフレッド・スミスは死亡。 |
|||
1943年11月 |
テディの飛行機が墜落,アーシュラの悲嘆。VEデー(1945年5月8日)にシルヴィが睡眠薬で自死。フォックスコーナーはパメラが相続。 |
|||
1947年2月 |
(37回目の)誕生日の翌朝,ガスストーブの調子が悪くガス中毒になりかけたが,危うく助かる。 |
|||
1967年6月 |
■ |
57歳 |
実家の隣家にいたベンジャミン・コールはイスラエルの国会議員になっていた。アーシュラは退職し,一人。モーリスはナイト爵。ジミーはカリフォルニア。アーシュラはフォックスコーナーの近くに住みパメラの娘サラを可愛がっている。パメラの長男ナイジェルを相手に世界情勢を語った帰り,公園で息を引き取った(いくつかのデジャブ)。直後に大雪の日に生まれる。 |
|
始まりの終わり |
◎ |
アーシュラの人生がまた始まる。語りの目線はアーシュラではなく,他の人物。今までとは違う部分が多々ある。イジーの息子ロランが溺れ,クラレンスがインフルで死に,アーシュラは転落しなかった。精神科医のケレット先生の息子ガイはいない。16歳の誕生日にキスしたのはベンジャミン・コール。デレクに出会ったが無視した。アーシュラはしばしばデジャヴュに悩まされ,何かを成し遂げなければならないと,ドイツ語を学び,射撃クラブに入会し・・・強い使命感を持った。 |
||
諸君よ、勇奮の人であれ |
1930年12月 |
■? |
20歳9カ月 |
17歳のエヴァと知り合い,カフェでフューラーを銃で撃ったが,側近に撃たれた。(最初の章と同じ) |
雪 |
1910年2月11日 |
◎ |
シルヴァは赤ん坊に巻き付いている臍の緒を自分で切った。 |
|
広く光あふれる台地 |
1945年5月 |
? |
機体と共に撃ち落されたテディは捕虜となり,戦後ナンシー,アーシュラと再会する。 |
|
雪 |
1910年2月11日 |
◎ |
産婆のミセズ・ハドックは雪のため足止め。 |