壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ホーム・ラン  スティーヴン・ミルハウザー

ホーム・ラン  スティーヴン・ミルハウザー

柴田 元幸訳 白水社  図書館本

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もう十年以上も前にミルハウザーの初期の作品『ナイフ投げ師』『バーナム博物館』を読んだ時の驚きを,いまだに覚えています。濃厚で過剰なミスハウザーの世界は最新作の短編集でも変わることがありませんでした。日常の一点をひたすら掘り下げていくとそこに別世界の入り口が見え,次の展開に期待して読んでいて胸が苦しくなるほどです。本書は最新の短編集ですが,原書が厚すぎるために,日本では二冊に分けて翻訳出版するとのこと。二冊目は『夜の声』になるらしい。

そしてなによりも,柴田さんの自由闊達な翻訳が素晴らしくてミルハウザーの世界を堪能しました。

 

以下は多少ネタバレのメモ。♪はいつものトンチンカンな個人的感想です。

ラクル・ポリッシュ

あの訪問セールスマンから買った研磨剤で鏡を磨くと,写った自分の自己肯定感が高まる。でも鏡に写る彼女しか見てくれないことに絶望した恋人モニカは離れていった。そして決死の犠牲を払ったのに…。

♪磨きたくはなるけれど,鏡は曇っているくらいでちょうどいいわ。♪

 

息子たちと母たち

もう何年も帰っていない実家には母が一人で住んでいるはずだ。近くに来たついでに訪ねた実家で…。現在と過去と罪悪感と願望が入り混じって,現実を直視できない。

♪そこで帰っちゃうのかよ! 息子たち,言い訳をしないで,たまには実家に連絡しなさいよ。でも,「サイコ」のような母との長い同居も避けたいけどね。♪

私たちの町で生じた最近の混乱に関する報告

住みやすい理想的なまちのはずだったのに自殺が相次ぎ若者たちの自殺願望が流行している。原因不明の事象をどう扱うのか,どうしたら防げるのか,どんどん逸脱していく。

♪他の死をもって,死を制するという方法しか思いつかないのか♪


十三人の妻

同居する妻たちとの関係性は想像をはるかに超える多様性に富んだものだった。十三番目の妻はもう観念としての存在なのだ。

♪当然だが,一夫多妻の夫の寿命は平均より短いそうです(笑)。♪

 

Elsewhere
住居侵入のかすかな気配が頻発する町で,原因を追究する人たちが次々に妄想を作り出す。夏の終わり,八月の最後の週に町の皆がここに無い何かを求めて非物質化するような体験をした。

♪まさに今,八月の終わりの週に読んでいて,自分が周りの空間と一体化したような気がした。今まさに夏の終わり,酷暑の終わるころに何かが起こる気配さえ感じる♪

 

アルカディア

高級リゾートに誘うパンフレットの形で進行する。風光明媚な環境,贅沢な施設と食事… …移行支援員による意思決定プロセスの質的向上… お客様の声… だんだんに不穏な雰囲気が… もうわかったからやめて!というくらい懇切丁寧にお誘いされた。
♪最初,倉本聰の「やすらぎの郷」かと思ったわ。人生の最後を過ごす施設という意味では同じか。キリスト教での禁忌を迂回しながら書くとこんなふうになるのか。♪

 

若きガウタマの快楽と苦悩
釈迦が出家するまでのお話。出家するのではないかとの虞からありったけの快楽を与えられ,自分探しの旅に出ないように軟禁されている王子の苦悩。

♪絢爛豪華なお城や庭園の景色や美女たちの後宮の描写が耽美過ぎて,物語がどこへ向かうのかと思うが,結末を知っている我々はガウタマと友人チャンダの別れがいつ来るのか気が気ではない。♪

 

ホーム・ラン

九回裏ツーアウト,同点でランナー一,三塁,打ったボールはどこまで行くのか…アナウンサーによる実況中継は音声にして聴いてみたい逸品。
♪アナウンサーがホームランボールを追いかけているうちに,打者のマクラスキーはコーチになっちゃってるよ! 古館さんとかスポーツ実況の手練れにぜひ読んでもいらいたい。これはもう柴田翻訳の独壇場。「サヨナラ三角また来て四角」って,どんな英語だったのだろうか(笑)。♪

エッセイ 短篇小説の野心

♪9編目の短編小説のようです♪

 

ミルハウザーの長編も読んでみたい。これは唯一岸本さんの翻訳だけど,初期の『エドウィン・マルハウス』にしましょうか。唯一電子書籍になっています。