壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

バーナム博物館 スティーヴン・ミルハウザー

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バーナム博物館 スティーヴン・ミルハウザー
柴田元幸訳 福武書店 1991年 1700円

「ナイフ投げ師」であまりにも濃厚なミルハウザー世界を知り、今は亡き福武書店の「バーナム博物館」を書庫より借り出しました。読めば読むほどに妄想が刺激される物語ばかりです。私にとっては初ミルハウザーである「ナイフ投げ師」を読んだときのような驚きはなかったけれど、浸透圧によって物語がその外側にまで浸潤していくような濃度の高さです。

『シンバッド第八の航海』老いたシンバットは、棗椰子の木陰でけだるい午後を過ごしながら、彼自身の七つの航海を思い出す。いくつものシンバットの物語が重なり、何がほんとうの冒険なのか、シンバットが語った物語のなのか、シェヘラザードは別の物語を語ったのか、そもそも冒険はあったのだろうか。すべてがまぼろしだったのか。
・・・・・千一夜物語は、語り手の数だけ、訳者の数だけ、読者の数だけ別バージョンが存在するのです。

『ロバート・ヘレンディーンの発明』大学を卒業後身の去就に迷い部屋に引きこもった男は、ひたすら夢想することで一人の女性を作り上げ、さらに彼女の世界まで創作した。
・・・・・あることをきっかけに世界がズブズブと崩れていくのがなんとも怖かったです。

『アリスは、落ちながら』アリスはウサギを追いかけて穴に落ち、その後ずっと落ち続ける。長い長い落下の間に繰り返し現れる風景。アリスは永遠に夢から逃れられず、ひとたび落ち始めたら落ちるのをやめることはできない。
・・・・・はじめのうちは増大する落下速度が、無限の時間ののち空気抵抗とつりあって等速運動になるかのようです。

『青いカーテンの向こうで』少年は映画館のスクリーンの向こうに魅せられる。迷い込んだ異世界から抜け出て、迎えにきた父親に会えてよかったよね。あっちの世界は少年にはまだ早い。
・・・・幻燈を映している布製のスクリーンを動かして遊んだことを思い出します。

『探偵ゲーム』ロス家では末弟の誕生日にも探偵ゲーム(ボードゲーム)を楽しむ。ボードゲームの中では六人の男女が、館の九つの部屋で犯人探しをして、お互いに腹の探り合いをする。同時に、ゲームをしている四人の男女とロス家の両親もまた相手の気持ちを探りあう。
・・・・ゲーム盤の人物を動かすロス家の人物のもうひとつ外側に著者や読者が見えてくるようです。

『セピア色の絵葉書』季節外れの避暑地にきた男は、ひどく場違いな思いをする。わけありげな稀書店でセピア色の絵葉書を求めた。眺めるたびに変化していく絵葉書の写真。
・・・・・薦められるままに別の絵葉書を買わなくてよかった。あのとき、あの町から自分の感情から逃げ出せてよかった。

『バーナム博物館』町民の自慢はなんと言ってもバーナム博物館。ごたまぜの建築様式をもち全体像をつかむことすらできない。ありとあらゆる展示を行う博物館にはありとあらゆるものがあって、見世物小屋やお化け屋敷の体をなす部分も多い。ギフトショップのあやしげな売物や、博物館に棲んでいる隠者。入るたびに思いもよらぬ発見がある。新たな出入り口や新たな部屋が見えかくれして、私たちを誘い込む。
・・・・・子どものころに入った博物館って、古めかしくてかび臭いような部屋の中にあったのは、ミイラ、毛の抜けた剥製や作り物など、妙に覚えているのは卑俗でおどろおどろしいものばかり。でも魅力的なのはなぜ?いまでも博物館が大好きです。

『クラシック・コミックス#1』T・S・エリオットの詩「J・アルフレッド・プルーフロックの恋歌」からわき上がる幻想をコミックにし、それを言葉で説明したもの。(これは解説を読まないと意味が分かりませんでした)
・・・・ナンセンスな詩が呼び覚ますもっとナンセンスな幻想が楽しめます。このコミックをアルフレッドが読んでいるような入れ子構造に思えるのは気のせいかな。

『雨』映画館を出て豪雨に遭遇した男は、文字通りとうとう雨に流されてしまった。
・ ・・・・過剰な描写がすごい雨のように降り注ぐのです。

『幻影師、アイゼンハイム』家具職人であったアイゼンハイムは、28歳のとき奇術師としてウィーンでの公演にたった。錯覚の技術に習熟したゆまぬ努力を重ねて、第一人者としての立場はゆるぎなかった。しかしゾフィーの愛を失ってからのアイゼンハイムの芸は別の高みに達した。
・・・・・職人や芸人の業のような営みは、ミルハウザーの世界では、現実を突き抜けて別の次元へ向かってしまうのです。

「探偵ゲーム」というのが分からなくて、訳者あとがきを読んでもピンとこなかったのでいろいろ調べてみたら、たくさんありました。ClueとかCluedoとよばれるイギリス発のボードゲームは、世界中でいろんなバージョンがあるんですね。登場人物もいろいろ個性的で、再読して面白さが分かりました。このゲーム、レゴブロックで作られたものまであって、欧米ではかなりな人気だったのでしょう。日本にも輸入されたらしいけれど、人生ゲームほどには流行らなかったのは、論理性よりもギャンブル性が好まれるせいかしらね。
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『バーナム博物館』が最も魅力的ですが、『シンバッド第八の航海』の耽美さもいい。いろいろ調べて再読した『探偵ゲーム』もすきになりました。『幻影師、アイゼンハイム』もよかったけれど、もともとイリュージョンなので驚きが少なかったかもしれません。あまり妄想を刺激されませんでした。
次のミルハウザーは、「イン・ザ・ペニー・アーケード」にしましょう。