まず『ナイフ投げ師』、これが凄い。気が付かずに幻想世界へ引き込まれ、わくわくドキドキなんてものではなくて、読みながら息苦しくなるほどです。この物語の町で、ナイフ投げの公演を見ている観客と一体化してナイフ投げの芸に魅了されつつ、後ろめたさを感じ、動揺と狼狽を味わいました。
細部のすさまじいまでの描写、これでもかという過剰な書き込みがいわばメインなので、あらすじはそれほど意味がないかもしれませんが、忘れる前にメモしておきます。
『ある訪問』九年も音信不通だった友達に招かれて、訪問した山奥の家で妻を紹介された。「はじめまして」と私はうわずった声で言った。
十代の少女たちが夜な夜な集まる儀式は、『夜の姉妹団』員たちの沈黙の掟によって秘匿される。飛び交う噂や証言に、いっそその方がよかったと町の大人たちは戸惑う。
不倫した男は、夫から依頼された妙に礼儀正しい男たちの訪問を受け、『出口』に連れて行かれた。
少年は夏休みに、『空飛ぶ絨毯』に乗って冒険の旅に出た。少年といっしょに風を切って飛び、空の青さに染まることができたし、熱の冷め方もいい。
私たちの市には背丈十五センチの人形による「自動人形劇場」が数百ある。伝統ある芸術は、天才的な名匠によって高められ、とうとう革新的な『新自動人形劇場』が登場した。極められた芸術の先にあるデカダンス。
十五歳の少年は眠れぬまま『月の光』に誘われて、幻想の世界へ。
さびれかけた百貨店を買収した協会が、最高の百貨店をめざす『協会の夢』。新装開店した百貨店は、現実を超えて発展し続け、地球上にあるすべてのものを販売しようとしている。
『気球飛行、一八七〇』プロセイン軍に包囲されたパリからの脱出。眼下に広がる景色のすべてが描写されている。シュールレアリズムの絵を眺めているように、幻想的なリアルさ。
『パラダイス・パーク』二十世紀はじめ、コニーアイランドに建設された、究極の遊園地の、十二年間の興亡。オーナーの夢によって、地下に何層ものテーマパークが作られる。圧倒的な描写に驚くばかりで、これも凄い。
『カスパー・ハウザーは語る』長ずるまで牢獄につながれていたカスパー・ハウザーの講演会。これはピンとこなかった。
『私たちの町の地下室の下』には、いつのころからか分からないけれど、曲がりくねった地下道が広がっている。私たち町の人間は地下世界に限りない愛着をもつ、近隣の住民がどんなに笑いものにしようとも。
ミルハウザーはこれ以外、まったく未読なのがうれしいです♪♪。ただ、濃厚な味のようなので、少し間を空けてから愉しみましょう。