壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

百年先~地方博物館の挑戦

百年先~地方博物館の挑戦 ふじのくに地球環境史ミュージアム

静岡新聞社  図書館本

 f:id:retrospectively:20210317225955j:plain

我が家から坂を上って20分ほど歩いた先,日本平・有度山の南西斜面に,廃校となった県立高校を再利用した小さなミュージアムがあります。6年前にできた「ふじのくに地球環境史ミュージアム」です。コロナでの運動不足を解消するために少し長い散歩をしていますが,一休みするのに時々立ち寄っています。

 

高校の教室と什器をほぼそのまま利用した10室に満たない展示室は,大きな博物館と比べると一見“しょぼい”のですが,とてもよく考えて作られています。例えば,脊椎動物の進化を展示している教室には,魚類から人類までの骨格標本が,授業中の生徒のように,机と椅子を使って並んでいます。前の黒板には出席番号順に動物の名前があります。他の展示室も学校の机を生かした展示が工夫されています。

 

低予算だし,辺鄙な場所にあるし,派手さのない展示なのですが,いつもじっくり全部見たりはしないので,生き物好きにとっては見るたびに小さな発見があります。そして地球と人類の未来ということを真面目に考えたくなる場所です。元職員室だったという図鑑カフェの大きな窓から見える駿河湾南アルプスの山々を堪能しています。

 

今までもすいていたのに,コロナで今はもっと閑散としています。百年先にも(東南海地震を乗り越えて)このような博物館が存続していますように。

図鑑カフェは入場無料。常設展は300円ですが,大学生以下と70歳以上は無料。私は今年から無料!になるので,毎日だって行ける(←迷惑?)。

ウッドストック行最終バス  コリン・デクスター

ウッドストック行最終バス  コリン・デクスター

ハヤカワ・ミステリ文庫 電子書籍

f:id:retrospectively:20210317115427j:plain

バス停で待つ二人の娘は,なかなか来ないウッドストック行バスをあきらめヒッチハイクをし,そのうちの一人が殺された。もう一人の娘は誰なのか,赤い車に乗せた男は誰なのか,殺人犯は誰なのか,モース主任警部は,捜査の途中で休憩しては酒をのみ,関係者の女に惚れ,相棒のルイス部長刑事をさんざん振り回しながら,あれこれ推理する。

 

以前NHKでみた『刑事モース』(ヤング・モース)がおもしろくて,原作の『モース主任警部』シリーズ第一作(本書)を電子書籍で買ったところ,『モース主任警部』(オールド・モース)のドラマの一部をNHKで放映(一部だけなのはひどいわ)。多分この話のドラマを見たはずなのに完全に忘れていて,あらためてKindle内を検索して,読み始めました。読み終わってからドラマを少し思い出しましたが,原作とは違う部分も多いような…

自分の記憶が間違っているのかしら?? 細かい事は気にせず生きていこう。

 

ドラマ以上に面白かったと思います。モースがルイスをさんざん振り回すのですが,我々読者も振り回されます。モース自身も幾度となく推理しては行き詰まります。モースがオックスフォードの全人口から赤い車の男の一人にたどり着く,ものすごくアバウトな計算は直感的過ぎて,行動分析課も真っ青なプロファイリングでした(笑)。

やっとたどり着いた悲しい結末。お気の毒な警部さん,あまりお酒を飲むと体に良くないわ。ドラマの最終回は見てしまったので…。

Kindleに全作ありますが,評判の第二作と長編最終作と短編は読もう。

ロボット・イン・ザ・ハウス  デボラ・インストール

ロボット・ザ・ハウス  デボラ・インストール

小学館文庫

 f:id:retrospectively:20210314174932j:plain

 タングの二作目です。ベンとエイミーの娘ボニーが9カ月,タングはすこしお兄ちゃんになりましたが,AIとしてというよりも,人間の男の子として頑固でちょっと生意気で可愛く成長しています。ある日,マッドサイエンティストのボリンジャーが送り込んだ別のロボットが庭に現れました。黒くて丸くて針金ハンガーが手の代わりに付いている空中浮遊型の「ジャスミン」です。チェンバース家の位置情報をボリンジャーに送信しているというのですが,家族と関わっているうちに,味方になってくれました。真面目な本好きの女の子です。AIの精神年齢としてはタングよりお姉さんで,二人は友達になったようです。幼児を含む3人の子供がいる家族の常として,どこへ行くのも何をするのも大騒動。保護したノラ猫に子が3匹生まれ,ベンはエイミーと”よりを戻す“暇がない! 最後にはボリンジャー本人が現われて…でもあっという間に大団円。…でも終わりじゃないのです,第三作,第四作が出ています。

 

この物語を読み進む原動力は,「タングが可愛い」という「胸キュンのエネルギー」。冒険もミステリーも,もちろんなんのメタファーもありませんから,安心して?読めます。「胸キュンのエネルギー」は歳と共に減少するらしく,すぐ眠くなるので,おやすみ前の読書に最適。第三作,第四作も友人にいただきました(ありがとう!)。また別の本の合間に読みましょう。甘くてふわふわした物語なので,続けて読むと虫歯になりそう。

いま見てはいけない ダフネ・デュ・モーリア

いま見てはいけない ダフネ・デュ・モーリア

創元推理文庫 電子書籍

f:id:retrospectively:20210311162337j:plain

最近,デュ・モーリアの新訳「原野の館」がでるようで,思い出して五年前に読んだ短編集「いま見てはいけない」を再読しました。内容をかなり忘れていて,もう一度楽しみました。

デュ・モーリアの短編は「」「破局」に続いて三冊目でした(「人形」は積読中)。「レベッカ」や「レイチェル」の長編はもちろん面白いですが,バラエティー豊かな短編もおすすめです。どれも映像を喚起させる語り口で,映画の原作としても魅力的なものだと思ったら,ありました!「いま見てはいけない」が「赤い影」という映画になっているそうです。

5つの短編はどれも心理サスペンス。旅行先などの非日常の場面で不安と焦燥をジリジリと煽られ,現実と幻想の中を結末へと向かいます。場面や設定が周到に練られていて飽きさせません。

せっかく読み直したのにまた忘れてしまいそうでメモを作っていたら,だらだら長いあらすじになってしまいました。心理描写が明示的に描かれていない部分が多くて,読んだ後についいろいろ語りたくなってしまうタイプの短編です。

以下

ネタバレなので,未読の人は「いま見てはいけない!」(笑)↓

 

「いま見てはいけない」Don’t Look Now

幼い娘を病で失った英国人夫婦は,休暇で訪れたヴェネチアで双子の老姉妹と出会う。妻のローラは老姉妹の霊感を信じて娘クリスティンの存在を感じ,幸せそうだ。夫のジョンは妻の様子に危うさを覚え,老姉妹を遠ざけようとする。老姉妹は夫婦にヴェネチアをでるように警告し,夫のジョンには霊感があるというのだ。息子ジェニーがいるイギリスの寄宿学校から病気で手術が必要との連絡を受け取った夫婦は,一枚しか取れなかった航空券で妻が先に英国に戻り,夫は後から列車と車で向かうことになった。ホテルから駅に向かう水上バスの上で,夫は老姉妹と一緒にホテルの方向に戻ってくる妻を目撃する。慌ててホテルに戻った夫は妻を探しまわるが見つからずとうとう警察に捜索願を出す。夜になって英国の学校に電話をかけ,妻が無事にイギリスに着いたことを知った。警察で容疑者として呼び出されていた老姉妹にわびて,彼女たちを宿に送っていった帰り道にヴェネチアの暗い迷路のような路地で迷い,前に見かけた小さな女の子の後を追っていく。……女の子と思っていたのに……。喉を刺されて朦朧とする意識の中で,ジョンは水上バスで見かけた老姉妹と一緒に戻ってくる妻の姿は,予知夢だったことを悟る。

悲しみにくれる妻と,その気持ちにいまいち寄り添うことのできない夫の混乱と,夫婦の微妙な食い違いが描かれていると思います。見たことのヴェネチアの薄暗がりの路地は,見知らぬ土地で迷子になった不安な夢で見た街のようです。

この先,実際に見るチャンスはないであろうヴェネチアの街をストリートビューで見てみると,水上バスの路線にもストリートビューがありました。夜の暗い路地にははいれませんでしたが。

 

「真夜中になる前に」Not After Midnight

49歳独身の寄宿学校の教師は,クレタ島での休暇中に病を得たため退職せざるをえなくなった。彼のクレタ島での奇怪な体験が本人の口から語られる。絵をかくことが趣味なので,ホテルに無理を言って,静かで眺望が良いが前の宿泊者が海の事故で亡くなったという訳ありのバンガローを借りた。心ゆくまで絵を描き快適な毎日だったが,飲んだくれで傍若無人な夫と耳の不自由な妻というアメリカ人夫婦に出会って不愉快になった。しかし毎日ボートで出かけている夫婦が何をしているのかとても気になり,作業所らしい小屋まで跡を付けた。顔のついたサチュロスの角杯を夫婦から受け取った夜に悪夢にうなされた。夫婦がホテルを立ち去ったという日に,その小屋に向かうのだが…そこでやむを得ずのどの渇きをいやすためにその角杯で,小屋に残っていた自家製のビールらしいものを飲んで…飲んだくれの夫の最期を知る…

そこでそんなものを飲んではダメに決まっているでしょう,とは思います。ギリシャ文明の自由奔放な魔法か呪いか何かの力で,その教師が知らずにもともと隠し持っていたものに,本人が気付いてしまったということなのでしょうか。20世紀の半ばころまでこのような性癖は,キリスト教的文化の元では違法で,病として治療すべきものとされていたそうです(映画『イミテーションゲーム』でカンバーバッチ演じる数学者のアラン・チューリングがホルモン療法を受けさせられていました)。ちょっとばかり自己中な教師ですが,とてもお気の毒な結末でした。そういえば,スピナロンガ海峡の近くに小屋があったのですが,スピナロンガは『封印の島』の舞台でした。

 

「ボーダーライン」A Border-Line Case

かけだしの舞台女優シーラが、父の臨終の言葉「ああ、まさか…ああ、ジニー…なんてことだ!(ジニーは芸名)」にショックを受けて,父の旧友をアイルランドに訪ねる。父と疎遠になっている退役軍人の屋敷に拉致同然に連れていかれる。父が「ニックはイカレていた(ボーダーラインだった)」と言っていたが,彼の国境(ボーダーライン)付近での活動はかなり過激だ。でもそのニックに次第に惹かれていくシーラ。…ロンドンに戻ったシーラはニックからの手紙に入っていた古い写真で,自分の出自を知ることになる。

若い娘の危なっかしい冒険と恋愛というだけでは終わりません。かなり残酷な結末だと思うのですが,今回読み返してみて,結末を予想させるいくつかの伏線が見つかりました。結末がわかっていても,やはりスリリングでした。

 

「十字架の道」The Way of the Cross

英国からのエルサレムへのツアー案内をするはずだった牧師が急病で,代役を頼まれた若い牧師バブコック。ツアーメンバーの,地元の名士夫妻とその孫ロビン,女に手の早い会社社長夫婦,夫婦生活がうまくいかない新婚さん,それに教会にのめりこんでいる老婦人の8人は,巡礼でごったがえすエルサレム旧市街を観光するのだが,それぞれの思惑に従って自分勝手な行動をとる。皆それぞれに事故や恥辱やパニックなどが起こって,でもまたその先の旅を続けるようだ。

意地の悪いユーモアに満ちたコメディーです。前半ではそれぞれの登場人物の心の声が入り乱れて本音を語るので,お互いに無意識の軽蔑や敵意を持っているこのグループにどんな騒動が起きるのか期待しちゃいます。巡礼と観光客で身動きも取れない混雑のなか,迷子になった登場人物たちに次々と事件?事故?が起きて,どう収集が付くのか! エルサレムの街の混乱と人間関係の混乱が輻湊して,読んでいてめまいがするほどですが,そこがまたおもしろい所です。それぞれに恥辱や恐怖を経験して自分と向き合い,他人への思いやりのようなものが生まれてきたのでしょう。行違っていた関係が変化して,グループ内にかすかな連帯感さえ生まれたようです。この話を実写ドラマにしたら,人間ドラマとエルサレムの観光の両方が楽しめるなあと思いました。

 

「第六の力」The Breakthrough

電子工学が専門の”わたし”スティーブンは,上司に命じられて東海岸の辺鄙な地にある研究所で秘密の研究に従事することになった。気が進まなかったが,発語可能なコンピュータの出来のよさに魅了されて,いつしかマクリーンの研究に協力するようになった。しかし彼の本当の目的は,精神感応とか予知を引き起こす生命のエネルギー(第六の力)は,死の瞬間に機械の中に保存することができるのではないか,というものだった。余命の限られた白血病の青年ケンと障害をもつ少女を実験材料にして機械の中に取り込んだものは,単なるエネルギーではなく,ケンそのもの,ケンの知性なのだったのだろうか。

この小説が書かれた1960年代には,アラン・チューリングによる人工知能の概念はすでに確立されていたはずです。私が中学生のころSFが流行っていたと思います(ハヤカワのSFマガジンを読んでいたので)。デュ・モーリアがSFも書いていたなんて驚きです。ジョニデ主演の『トランセンデンス』という映画を数年前に見ましたが,主人公の知能そのものを量子コンピュータにアップロードする場面を思い出しました。この小説では,政府の監視員に見つかりそうになって,やむを得ずデータを消去してしまいます。インターネットが整備されたのはもっと後だったから,残念だったねえ…

ホリデー・イン 坂木 司

ホリデー・イン 坂木 司

文春文庫 電子書籍

f:id:retrospectively:20210305231041j:plain

早めに就寝したため午前一時頃に目が覚めてどうしても眠れず,読みやすい本を探してこの電子書籍をポチリました。半分くらい読んで目が疲れ,ALEXAに読んでもらって意味が全然分からなくなり,いつの間にか再び入眠。電子書籍は本の厚さの感覚がないので好きではありませんが,字が拡大できるので便利です。でも夜中に発作的に購入できるのは,メリットとは言えないかも。

 

ワーキング・ホリデー」「ウインター・ホリデー」の続編という認識で読み始めたのですが,誤解をしていたようで,二つの作品のスピンオフ短編でした。それも前二作を読んでいないとほぼ意味が分からないやつです。去年の夏に読んだ(ってブログに書いてあった)はずなのに,「漢気のあるおかま」というキャラのジャスミンさんと,お父さん(ヤマト)と少年(進)のいい話だったなあという以外あまりよく覚えていません。そのうち思い出すかなと思って読み続けたけれど,結局思い出せないまま次の日に読了。今は,前二作に戻って確認するのは面倒で。

 

ジャスミンの部屋」ジャスミンが拾った中年男って誰だっけ?

「大東の彼女」大東ってヤマトと一緒に働いていた人ですよね?
「雪夜の朝」ホストの雪夜の弱点って誰?

「ナナの好きなくちびる」ホストクラブ常連のナナさん?

「前へ、進」父を探し当てた小学生の進が語り直すヤマトとの出会い(これだけは覚えていた)

ジャスミンの残像」ヤマトがジャスミンに拾われた時のはなし

安楽病棟 帚木蓬生

安楽病棟 帚木蓬生

集英社文庫 2017年8月

f:id:retrospectively:20210304165303p:plain 

この文庫本の出版は2017年ですが,書下ろしは1999年で新潮社。20年前,認知症は痴呆,看護師は看護婦でした。介護保険法が施行されたのが2000年ですから現状とは異なる事も多いのでしょうが,高齢者医療の実態はどれくらい変化したのかと考えると,あまり進歩していないなという感想です。20年以上前のミステリーですから,ネタバレで感想を。本の帯にある「医療ミステリー」の惹句は適切だったのか? 

 

文庫本で600ページの小説は,非常に冗長に進行します。30章のうちのはじめの10章は,痴呆病棟に入院する患者やその家族の一人語りです。診察している医師に向かって,患者や家族が今の暮らしやこれまで生きてきた人生を饒舌に語り続けます。20世紀の終わりに80歳を超えている患者が多いので,様々な戦争体験が印象的です。家族は痴呆症状の出た患者を介護しきれずにやむを得ずという感じで病院に入院させています。痴呆を抱える高齢者の,一人の人間としての尊厳を強く感じさせる10章です。

 

中間の10章は,大学出たての新人看護婦城野が,優しい言葉で淡々と語る病棟の日常です。看護婦と看護助手,介護士たちはこんなにも大変な仕事を手際よくこなしているんだなあと感心します。病棟の日常では感情表現の薄い患者たちも,季節の行事や地域の小学生との交流会ではアッと驚くパフォーマンスを披露し,笑いを誘う場面も多々あります。また,先日までいつもとおりだった患者が少しの間だけ苦しんで亡くなることもあります。しかし,何といっても高齢者ですから,しょうがないのでしょう。病棟医が公民館で行った「オランダにおける安楽死の現状」という講演会を聴きに行った城野看護婦の感想が,一章はさまっています。でも「医療ミステリー」という本の帯の宣伝文句がなければ,私たち読者は,患者たちの死を不審死なのか?と疑うことはないでしょう。

 

終わりの10章でも,急変した患者が亡くなっていきますが,病棟の日常はいつも通りです。病棟医の香月と話すことが多くなった城野看護婦は,香月の終末医療に対する考え方を耳にする場面が多くなり,患者の急死が続いています。最終章の香月医師に宛てた城野看護婦の告発の手紙の中で,初めて「医療ミステリー」にたどり着きます。

 

本の帯にある「医療ミステリー」の惹句は適切だったのか? この惹句がなければ,この小説の巧妙な構成(事件性を感じさせない構成)に最後で驚かされ,なるほどと感心したかもしれませんが,冗長な筋運びに途中で飽きてしまったかもしれません。反対に「ミステリー」と銘打ってあるからこそ予断をもって,いつ事件が発覚するのかと半ばわくわくしながら読み進めることができたのかもしれません。

 

ただ作者が伝えたかったことはミステリーそのものではなく,高齢化社会に向けて,「終末期医療とは何か,個々人が死とどう向き合うか,現実的にどんな対応が可能なのか」ということを私たちが考えていかなければならない社会が来るのだということを言いたかったのでしょう。簡単に結論の出る問題ではなく,時代ととともに価値観も変わっていくでしょうが,人間の尊厳が尊重されるように願うばかりです。

 

では「人間の尊厳」とは何か? ウ~ よくわからないので,高齢者の私は今のところ「延命治療は望みません」。ってこんなところに書いても効力がないので,去年作ったエンディングファイルに書いておきます。「長いお別れ」も認知症問題。このごろ気になってしょうがない…

ストーンサークルの殺人  M・W・クレイヴン

ストーンサークルの殺人 M・W・クレイヴン

東野さやか訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

f:id:retrospectively:20210228164301j:plain 

厚い文庫本(580ページ)の海外ミステリーを読んだのは,かなり久しぶりです。5日かかってやっと読了。花粉のため目がショボショボでしたが,面白くて読むのをやめられませんでした。昨年9月に出版された本なので,あまりネタバレしないほうがいいですね,あらすじはほどほどに…。

湖水地方に点在する先史時代のストーンサークルで凄惨な遺体が見つかった。国家犯罪対策庁重大犯罪分析課(NCA)の停職中の刑事ワシントン・ポーの名前が遺体に刻まれていたため,ポーは捜査に呼び戻され分析官のティリー・ブラッドショーと共に連続殺人犯を追いかける。

独自の捜査方法を持つため上層部とは折り合いが悪いポーは,降格されて元部下の女性フリンの下で働くことになるのですが,そんなことはあまり気にしてないようです。天才的な数学的分析力を持ち現実的な適応力に欠けたところのある分析官のティリーですが,ポーはそういう彼女に可能性を見出し,いじめにあっている彼女を助けて捜査現場に引っ張り出しています。このあたりから,ポーが本来持っている強い正義感をうかがうことができます。また同時に警官なのに職務をこえて事件と深く関わりすぎるところが危うい所でもあり,面白い所でもあります。

 ポーが事件の証拠をとことん調べるのにティリーの理詰めの素早い情報処理能力が欠かせませんが,ポーはその情報を見直し,直感的に独自の視点を加えて解決に近づいていきます。アナログなポーの直感とティリーのデジタル解析。世間的にははみ出し者の二人が捜査で互いに補完しながら友情を築いていく様子がなかなかいいですね。二人の関係は今後どうなるのか… 個人的にはすぐに恋愛関係とかにはならないことを期待しますよ。 BONESだって,初期のブレナンとブースのほうがずっと面白かったもの。

事件の方は,なぜこんなに凄惨で残虐な連続殺人が行われるのか,シリアルキラーではないらしいことがだんだんにわかってきて,その犯行動機がもっとも肝心な点なのですが…ネタバレなしで…犯人が特定された後に,さらにもうひと山もふた山もあって,緊迫した場面がずっと続きます。

上役の言う通りにならない刑事も,警察組織が権力の中枢に弱いのも,面白いコンビによる捜査も,警察ミステリーの常套手段ではありますが,それを越えて面白い本でした。犯人の意図は権力によって握りつぶされてしまうのか! ポーの逆襲やいかに  …証拠が! 証拠が!…  ああ面白かった!

この本を送ってくれた友人に感謝。