壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

破局 ダフネ・デュ・モーリア

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破局 ダフネ・デュ・モーリア
吉田誠一訳 早川書房 異色作家短編集10 2006年 2000円

1964年に刊行されたものの復刊です。昨日読んだ短編集「鳥」に収められた作品群ほどのバラエティーはないのですが、原題の「The Breaking Point」が表すように、物語がある限界点に向かって進行していく様子を息が詰まる思いで読みました。”落とし穴があるとわかっていて、ドキドキして足で探りながら歩いていくとやっぱり穴に落ちちゃった”感じで、語り口が実に巧みです。

一人称の語り手の自己中心的な視点と現実との微妙なずれ(いわゆる信頼できない語り)が楽しめる作品「アリバイ」「美少年」「あおがい」。ファンタジー風味で始まる物語の結末が予想可能であるにも関わらず面白い「皇女」「荒れ野」。原書には九編が収まっているそうですが、翻訳は以下六編のみ。

「アリバイ」The Alibi
日常生活にふと嫌気がさして、フェントンは貧しい母子の住む部屋を借りてアトリエにした。
どちらが真実なのか?

「青いレンズ」The Blue Lenses
視力回復手術を受けた若妻。包帯を取った時に見えたものは牛の看護婦。
何かの寓意なのか、それとも・・

「美少年」Ganymede
デュ・モーリア版「ヴェニスに死す」(笑)。
美少年を手に入れたい男の行動の滑稽さと、罠にはまっていく様子が絶妙。

「皇女」The Archduchess
南欧に長く続いたロンダ公国が革命によって共和国になった。永遠の若さを保つ泉水の秘密と美しい皇女の運命。
豊かで平和な王国が共和国になって、誰も幸福にならなかったのでは・・。失ったものは何だったのだろうか。

「荒れ野」The Lordly One
言葉を話せない少年と、荒野の盗賊団との心の交流。
ネタは想定内だけれど、とても美しい物語。

「あおがい」The Limpet
くっついて離れない貝(limpet)のような女。
おためごかしの身勝手さは、「鳥」の中の「林檎の木」の亡妻のようでした。


デュ・モーリアをもう少し読みたいのですが、手に入る短編はこれで終わりです。後は第二のレベッカといわれる長編があるようなので探します。