壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

長いお別れ 中島京子

長いお別れ 中島京子

文春文庫 電子書籍

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認知症になった父親をめぐる家族のお話。どのエピソードも認知症の「あるある」ですが,介護の困難や辛さを笑いに変えてあるので,楽しく読めました。はじめは無関係に思えたエピソードが思いがけずつながって,ジグソーパズルのピースがピタッとはまった時の心地よさです。

七年間の遠距離介護の経験があり介護の壮絶な部分も少しは知っているので,介護がこんなに生易しいものじゃないとも思いました。しかし二年前に両親をあちらに送り出して,認知症だった母と最期まで頭がはっきりしていたけれど病院で寝たきりになったしまった父の事を,今は悲しくも懐かしく思うことが多いです。ただ60代で早めに逝ってしまった夫の事は十年以上たった今も理性と感情の間で整理しきれないものがあります……と,この本を読んでえらく感傷的になり,昨夜はなかなか寝付けませんでした。

今日になって映画化されていることを知りました。偶然見つけたと思っていたこの本がなぜ50%オフ(正確には50%ポイント還元)キャンペーンだったのかわかって感傷的な気分が消えました。

そして,映画を見たい!と探したらアマプラにありました。2019年公開で…で予告を見たら竹内結子さんがいて…またちょっと感傷的になって… 気持ちが忙しい。これから映画見ます。

口笛の上手な白雪姫 小川洋子

口笛の上手な白雪姫 小川洋子

幻冬舎 電子書籍 

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日常の中にひそむ違和感がどんどんふくらんで,読者の妄想をかきたてる小川さんの短編集。自分の妄想を引き出してくれるのがなぜだか心地よいのです。

この短編集は,期間限定で70%オフ! 即ポチリました。スーパーでの買い物ついでに半額ワゴンを漁り,必要な品をチェックするのが習慣で,70%オフの激安品は賞味期限が迫っているので注意しています。この本に賞味期限があるのかどうかは不明ですが,積読して忘れてしまわないように,さっさと食べて,読書妄想文書きます。

 

「先回りローバ」

吃音を持つ少年は,目の前に現れた不思議な老婆とだけは気楽に会話ができることに気づく。どうも本当の誕生日と戸籍の生年月日が異なるという事実が原因らしい。老婆が本当の誕生日を祝ってくれた時,少年に転機が訪れるという,不思議だけれどいい話なのですが…

私にはこの時,この先回りローバのイメージが「マットン婆さん」に重なってしまったのです。「マットン婆さん」というのは,先週のNHK朝ドラ「おちょやん」で「ほっしゃん」が演じる喜劇役者の千之助が劇中劇で演じるおばあさんの事です。腰の曲がった丸い背中で丁寧な言葉遣いなのに相当に強烈なキャラで,頭の中から出て行ってくれません。しょうがないので,そのイメージのまま読み終わりましたが,なんか違う…。

 

「亡き王女のための刺繍」

子供服専門の仕立て屋のお針子のりこさんは刺繍がとっても上手。子供のころからの付き合いだ。そのやりとりの中で,儚い少女時代の思い出がよみがえってくる…

儚い少女時代は私にもあったような,かすかな記憶をたどってみると,白いブラウスの袖口と襟にあった小さな刺繍や,そうそう,ピアノの発表会のオーガンジーのドレス…あまりに大昔なのでもう懐かしいという気持ちにもなれませんが,ラヴェルの曲だけは頭の中に鳴り響いています。

 

「かわいそうなこと」

自分が「かわいそう」と思うことをノートに書き留める少年。シロナガスクジラは大きすぎてかわいそう,ツチブタは進化的な祖先が不明でかわいそう,雑誌の写真の中で一人だけ,名前を書かれていないひと,お兄ちゃんの野球チームで一人足を引っ張るライトの子。だんだん書いていくうちに,生きにくさを感じる自分自身がみえてくる。

残念な生物図鑑という本があるそうですが,進化の過程で最適な形であったはずなのに,その場所では最適でも,場所や環境が変わればちょっと残念になってしまう。自分ではどうしようもない生きにくさや世の中の理不尽さってどうしたらいいんでしょうか。

 

「一つの歌を分け合う」

ミュージカル「レ・ミゼラブル」を,11年前にも同じ劇場で同じ演目を見た。息子を亡くした叔母さんの付き添いで高校生の頃に見たのだが,叔母さんは息子がミュージカルの主役であると信じ込んでいた。ミュージカルの感動的な舞台をみて,叔母は息子を失って以来流せなかった涙を流していた。

一つの歌を分け合うというのは,どういう意味なのでしょうか。作品を見て(読んで)感動して涙する時,観客や読者はそれぞれ自分の内なる物語に涙しているのではないでしょうか。でも皆同じ作品で感動しているのです。そういう意味で一つの歌を分けあっているのではないかと思えるのです。そして…

なんと!!! 偶然にもジャンバルジャンが冒頭で歌う「独白」を二日前にNHKあさイチで吉原光夫さんの歌で聞いたばかりでした。番組の中の短い時間で歌っただけなのに,圧倒的な歌声にゾクゾクしました。舞台で見たら感動するんだろうなあと納得。

この本の賞味期限ってここにあったのかしら!?

 

「乳歯」

外国で両親とはぐれてしまった男の子が聖堂で古いレリーフを見た。乳歯が生え変わるころのまだ幼い子だけれど,確かな描写でこんな深い所まで理解ができるのかと思える。

我が子が迷子になってしまった母親の取り乱した様子,我が子を失うかもしれないという恐怖のほうに共感してしまいました。子供を失いそうになる夢を昔は何度も見ました。今はもう見ないけど。

 

「仮名の作家」

ある作家の熱烈なファンの受付嬢。作品を全部暗唱し,トークイベントでは無茶ぶりな質問をする。ストーカーめいたファンなのか本人はもう夢中。

本屋で新刊を大量購入して色々なところに配ったりしているので、今でいう「推し」? トークイベントを邪魔するくらいでそんなに実害がなさそうだけど,これ以上エスカレートするのは怖いです。S・キングの「ミザリー」を思い出しました。あれは,キングの中でも最恐小説のひとつです。

 

盲腸線の秘密」

赤字で廃線の危機にある盲腸線を守るべく,曽祖父は幼いひ孫を連れて毎日電車で往復する。曽祖父が設定したミッションに従って,二人共真剣なのだ。他所の畑に侵入したり勝手にウサギに餌をやったりとちょっと行き過ぎてしまう。

この子のママが弟を生んで,曽祖父は亡くなり,曽祖父との思い出とともに少年は少し成長したのでしょう。この二人の妄想でもう充分です。

 

「口笛の上手な白雪姫」

銭湯にいる小母さんを,赤ん坊を連れた母親たちは頼りにしている。我が子を小母さんに預けて、自分たちはゆっくり入浴できる。小母さんは「白雪姫」に出てくるような小屋に住んでいて,赤ん坊たちにだけ聞こえる口笛を上手にふく。

家に内風呂がなく赤ん坊のころ,銭湯に通っていたらしいですが,もちろん小母さんのことは知りません。私は作者の妄想についていくだけで精一杯です。巻末の解説に偉い宗教家が詳しい妄想(大変失礼しました,思想です)を書いておられますので是非そちらを。

ロボット・イン・ザ・ガーデン  デボラ・インストール

ロボット・イン・ザ・ガーデン  デボラ・インストール

松原葉子訳 小学館文庫

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一般家庭でもアンドロイドが家事を手伝う近未来のイギリスで,チェンバース家の庭に壊れかけた古いロボットが迷い込んできた。両親の事故死以後,毎日を無為に過ごすダメ男のベンに愛想をつかして,妻のエイミーは家を出てしまう。そのベンがロボット(タング)の世話をしはじめ,修理のためにタングと一緒に世界を旅して成長していく…って言うとあまりにもありきたりなのですが,タングの可愛さにやられてしまいます。映画になるとか,ミュージカルになるとか,人気ありますね。

タングの可愛さは,幼子が成長していく過程の「あるある」の可愛さです。そして,「モフモフ」たちの面白動画を見ているような可愛さです。一人暮らしで,今はもう私の身近にかわいい存在がいないので,うちのロボット(エントリーモデルのルンバですがなにか?)を時々かわいがっています。特に掃除後にドックに戻れずヘタっている姿を見ると,なんか可愛い… 

小さなもの,未完成なもの,完璧でないものを可愛く思うのは,子育てをする動物がその脳の中に持っている生得的な基本機能なので,逆らってもしょうがない。ロボットにさえ共感してしまう人間のサガです。タングのように人間に共感する機能を持つロボットであれば,可愛いにきまってる? まあ,タングを可愛いと思うかどうかが,この物語を楽しめるかどうかの鍵なので素直に可愛い可愛いと思いましょう。自分の子供だって,子育ての最中にはあまりに辛くて可愛いと思えないことだってあったけれど,可愛い可愛いと呪文(?)を唱えながらやり過ごしてきました。 

この本は,三年位前に一度読んだことがありました。読書メーターで読了になっていたので読んだことはかろうじて覚えていたのですが,内容を全く忘れていました。「タングが可愛かった」という感想が残っているだけで,カリフォルニア→日本→パラオと世界中を旅したとか,タングの製造時の秘密とか,ベンとエイミーがその後どうなったとか,全く覚えがなかったのです。認知症かどうかの判断で,朝ごはんに何を食べたかを忘れても,朝ごはんを食べた事自体を忘れていなければかろうじてOKだそうなのです。よかった! 読んだ事自体は覚えていたし,内容を忘れていたのでもう一度楽しめたわけです。 

次作『ロボット・イン・ザ・ハウス』も再読します。

活字狂想曲 倉阪鬼一郎

活字狂想曲 倉阪 鬼一郎

幻冬舎 電子書籍

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作家として不遇の時代に,印刷会社で文字校正をしていた平成の初めに書かれたエッセイ(著者によれば「漫文」)。平成元年から平成八年まで,会社という組織に迎合しなかった変人会社員 暗坂喜一郎の自虐的記録です。

奇人-常人(明-暗)-変人-廃人の間を行ったり来たりしつつ,どのレベルに自分がいるのかをちゃんと認識できているので,確信的変人というべきでしょう。

このような人物が自分自身だったら相当やっかいだし,身近にいる人間だったらとても耐えられない。でも,他所の他人だったら,充分に面白い笑いの対象となるのですね。

バカミスの『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』と『薔薇の家、晩夏の夢』の二冊を読んであきれ果て(面白かったけれど),それ以来の出会いです。

ここ数日,引きこもりで気分が落ち込んでいたんですが,少し笑えて立ち直れたかも…

灰色の季節をこえて ジェラルディン・ブルックス

灰色の季節をこえて ジェラルディン・ブルックス

高山真由美 訳 武田ランダムハウズジャパン

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1665年にロンドンから飛び火したペストが小さな村を襲った。語り手は18歳のシングルマザー,アンナ。幼い息子二人がなくなり,隣人や友人が次々にたおれた。村の外の協力者からの支援を受けて,ペストを広げないために村の牧師夫妻は村を封鎖した。厳しい状況の中で助け合いもたくさんあったが,逃げ出す者たち,魔女狩り,迷信で儲けようとする者。絶望と混乱の中で今にも崩れそうになりながら,友人でもある牧師夫人のエリノアに助けられ,幾度となく立ち直ってアンナは聡明にたくましく,未来を切り開いていく。

 

冒頭の章で,語り手のアンナがこのペスト禍を生き延びたことはわかっていたので余計な心配をせずに読み進むことができたのですが,繊細で緻密な描写によってアンナの喜びや悲しみ,恐怖や怒りが十分に伝わってきます。

 

ジェラルディン・ブルックス『マーチ家の父』,『古書の来歴』を読んだことがあります。その時点ではまだ未翻訳だった『Year of Wonder :A Novel of the Plague』が本書です。17世紀にペストで自らを封鎖した実在した村が題材になっているそうです。

 

20年以上前にダニエル デフォーの『ロンドン・ペストの恐怖』(抄訳)を読んだことがありました(あら,新訳が出ている)。そこで語られたのは1665前後のロンドンでのペストの記録です。語り手の性別,都市と農村との違いはあっても,人間の行動はいつでもどこでもそんなに違わないのです。コロナ禍の現在にも当てはまることばかりです。

 

疫病の原因も定かでない17世紀では,死に至る疫病の中での救いは宗教しかなかったでしょう。しかし宗教(や聖職者)を盲信するだけでは解決にはなりません。現代の疫病における救いは科学なのでしょうが,やはり科学(や科学者や専門家)だけを盲信するのは危ういのではないかとも感じます。確かな理性と他者に対する思いやりこそが,疫病に対する人類の武器なのだと思います。

 

ネタばれですが,

ペストが終息した後にある事情で村を離れ,逃亡の末に最後はオラン(現アルジェリア)にたどり着くアンナ。そこで,新たに医学をまなび第二の人生をはじめるのです。急展開のエピローグにびっくりしましたが,オランといえば,あのカミュの『ペスト』じゃないですか! まさかそこに繋がるとは…。

ドンナ ビアンカ 誉田哲也

ドンナ ビアンカ 誉田哲也

新潮文庫 電子書籍 

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前作「ドルチェ」が連続ドラマ向きなら、この長編「ドンナ ビアンカ」は二時間ドラマ(または映画)向きかな。

誘拐事件の収束点に向けて、二つの話が進行する。一つは村瀬の物語が少し過去から始まる。もう一つは、現在進行している誘拐事件の捜査で、練馬署強行係の魚住久江は捜査本部に派遣されている。

交互に語られる物語がどこでどのようにつながるのか、読むのをやめられず一日で読み終えてしまった。

村瀬と瑤子の切ない恋物語が主題だと思うほどに男女の気持ちが書き込まれているが、事件のスムースでソフトランディングな解決には、魚住刑事が事件関係者に寄り添う姿が必須なんですね。最後はやっぱり感動!

ドルチェ 誉田哲也

ドルチェ 誉田哲也

新潮文庫 電子書籍

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女性目線の警察小説が読みたいが、姫川玲子シリーズの続きを読むには、あの女優さんのことを思い出して少し辛い。誉田さんの別シリーズの主人公「魚住久江」はなかなかいい!事件の奥にある人間心理が繊細に描かれています。

姫川玲子ほどの切れ味はないけれど、元一課で今は練馬署強行犯係42歳 魚住久江の扱う地味な事件は人間味あふれる結末で、連作短編の最後で泣きそうになりました。

男社会の警察の中で、言いたいことがあってもすぐには口に出さない久江ですが、でも自分は曲げられない。あのおっさん刑事には頭にくるよね、見事にやっつけて、スッキリした!被害者だって許さない!

久江を取り巻く仲間の刑事さんたちも、地味にいい感じです。…そうか、TVドラマになっていたのね。

 

「袋の金魚」

妻が失踪し、残された嬰児は溺死という事故とも殺人ともつかぬ事件。発見された妻は完黙、旦那にはアリバイがあるが、何かあやしい。

「ドルチェ」

バイト先からの帰宅中に刺された女子大生。強盗目的とも思えない状況で、久江は遺留品のハンカチを調べる。

「バスストップ」

バスを降りて家に向かう途中に襲われた女子大生。バス停近くでバスを見送る若い男が容疑者に上がった。

「誰かのために」

印刷工場で起きた暴力事件。被疑者の若い男に説教をしてしまう久江。

「ブルードパラサイト」

女房に刺されたと救急車を呼んだ男。自宅では女房が自分の赤ん坊を盾に久江たちに抵抗した。何があったの? →「brood parasite」

「愛したのが百年目」

学生時代からの親友を車で轢いてしまった男。本当に酒酔い運転のせいなのか?次々明らかになる事実は…