壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

嘘と正典  小川哲

嘘と正典  小川哲

ハヤカワ文庫JA  電子書籍

作者の直木賞受賞作『地図と拳』が面白そうだけれど、まだ高いので、半額になっていた短編集を読んだ。いくつかはSF風ではあるが、それにとどまらない、バラエティのある六つの短編。父との関係を描いた家族小説としての「魔術師」「ひとすじの光」「ムジカ・ムンダーナ」。SF風味の時間を扱った「魔術師」「時の扉」「嘘と正典」。近未来の風景という意味でSFなのか「最後の不良」。ミステリ要素のある「魔術師」「ひとすじの光」。歴史改変という点なら「ひとすじの光」「時の扉」「嘘と正典」。どれも、とても面白いので、ベストは選べないな。

 

魔術師』 語り手の〈僕〉の父は、売れっ子マジシャンだった。父・竹村理道は起死回生の最終公演を行った。時間遡行のマジックだったが、彼は本当にタイムトラベルをしたのか。マジックのトリックは解説されるものの、どこか不確かな感じがする。どこか騙されていないか。クリストファー・プリーストの『奇術師』を思い出した。

ひとすじの光』 語り手の〈僕〉はスランプに陥った作家。亡くなった父が残したのが競走馬だった。その馬の血統をたどるうちに、なぜその馬を遺したのか、僕は父の思いを知った。競馬馬の血統と家族の物語が重ね合わされて、印象深い。

時の扉』 王に語り部が語る。千年の時を超えて語られる物語の最後、この王が誰なのか、そして語り部が誰なのかが分かる。しかし、ねじれて繋がっていくストーリーが目を眩ませる。

ムジカ・ムンダーナ』 作曲家だった父の厳しいレッスンに反発していた〈僕・大河〉に遺されたカセットテープ。「ダイガのために」とラベルのあるオーケストラ風の曲は何なのか。その謎を解くために、フィリッピンのある島へ向かう。そこには音楽を通貨として暮らす民族がいた。

最後の不良』 2028年、ミニマム・ライフスタイルが流行した結果、世の中から〈流行〉というものがなくなった。機能とシンプルさを追求した結果、数値化できないような〈流行〉は無駄なものになった。そんな世界で、ヤンキーという流行を一人復活させた男。

嘘と正典』 被告人フリードリヒ・エンゲルスの裁判場面から始まる冒頭は、全くわけがわからない。一転して冷戦下のモスクワでのCIA工作員ソ連の情報提供者の話。そして歴史改変SFとして、冒頭の場面が理解できるというトリッキーな構成だった。歴史改変SFを書いている作家なので、歴史における正典とは何か?という事が気になるのだろうか。

歴史を都合のいいように改変しようとするSF作家が多いので、《正典の守護者》が必要だね(笑)。