産霊山秘録 半村良
『睦月童』で思い出したのが,半村良の『産霊山秘録』。四・五十年前に読んだので,あらすじを思い出せなかったが,とくかく面白かったことは覚えていた。1970年代の初めは日本のSFの最盛期だったと思う。伝奇歴史小説にSF的要素を持ち込んで,日本史の史実の謎の部分を「ヒ一族」という異能の集団の暗躍で埋めていく物語だ。「ヒ一族」は古代から存在して皇室を守護していた。ミカガミ、ヨリタマ、イブキという三つの神器を使ってワタリ(テレポーテーション)をして,主に情報を操って国を動かしてきた。日本の各地にある「産霊山(ムスビノヤマ)」はネットワーク化されていた。そしてどこかに中心となる「芯の山」があるという。
物語は,戦国の世に彼らが息を吹き返すところから始まり,その後400年に渡って日本の運命にかかわっていく。400年の歴史を改変するのではなく,いわば再解釈しているのだが,荒唐無稽な展開が面白くてたまらない。戦国の世を終わらせるために,織田信長を選び取って天下を取らせようと画策する 「ヒ一族」の男たち。しかし信長に危うさを感じたのが「ヒ一族」の明智光秀だった。その後,家康が後継者として選ばれ「ヒ一族」の庇護のもとに幕府を作っていく…。 天海,藤堂高虎,山内一豊も皆…。
なるほど,武田信玄はあの大事な場面で急病にたおれたのは? 光秀の反逆の理由は? 関ヶ原での小早川の裏切りは? …… そうだったのか(笑)!
下巻になるにつれ,その荒唐無稽さはとどまるところを知らない。
「ヒ一族」として生まれた女は「オシラサマ」として岩穴の中に住んでいて,地底のネットワークがあるらしい。天保の改革,幕末の坂本龍馬と「ヒ」の関係は?
ワタリ(テレポーテーション)に失敗した者たちは,異次元に飛ばされて400年の時代を越えて大混乱の中に現れ,また宇宙空間に飛ばされてしまったが,その者たちの行く末も,東京大空襲,安保闘争,国際的な宇宙開発競争,CIAの暗躍という話の中で,回収されている。
ばかばかしいほどの誇大妄想なんだけれど,半村良の筆力がすごくて読み切ってしまった。50年前に読んだ時と同じくらい楽しめたのではないかと思う。歳をとっても,こういう馬鹿話を好きでいる自分が嬉しいような,情けないような…。
こういう真実(笑)を知っていると,大河ドラマがもっと楽しめるかもしれない。