何処かの書評で見かけて気になっていた本を図書館でたまたま見つけました。
九編の連作短編集。
江戸の終わりから昭和三十年代まで東京という都市の一角でさびしく暮らす普通の人たちの、でも普通とも言い難い浮世離れしたような、それでいてちょっと粘着質な少し変った暮らしぶりが描かれています。それぞれの物語にはどこかに穴があるような妙な物足りなさを感じるのですが、物語同士がわずかに補完しあうように作られているせいか、全編を読み終わってみると、それぞれの時代と土地に呪縛された人々の情熱や怨念と、もどかしいように切ない心情があぶりだされます。
連作短編の魔力だなあ~。
新種の桜を作り出すことに懸命な植木職人とその妻がいた巣鴨染井(『染井の桜』)。万人が心穏やかになる効能のある黒焼を造り続ける男の住む品川(『黒焼道話』)。夫が行方知れずになったのちも一人絵を描き続ける女が住む茗荷谷町の小さな家(『茗荷谷の猫』)。旋盤工の青年が大家に借金の催促に行かされる市谷仲之町に住むのは『冥途』の作者(『仲之町の大入道』)。高等遊民として隠遁して暮らしたい男の通う古書店のある本郷菊坂(『隠れる』)。開戦間近の浅草で映画館の支配人と監督志望の青年とのやりとり(『庄助さん』)。池袋の闇市で靴磨きをする少年たちの冬(『ぽけっとの、深く』)。初めて上京した田舎の母と池之端に住む娘との齟齬を描いた『てのひら』。千駄ヶ谷の瀟洒な家の生活への憧憬を描いた『スペインタイルの家』。