壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ある秘密 フィリップ・グランベール

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ある秘密 フィリップ・グランベール
野崎歓訳 新潮クレストブックス 2005年 1600円

父さんと母さんは何か隠してる…。ひとりっ子で病弱なぼくは、想像上の兄を作って遊んでいたが、ある日、屋根裏部屋で、かつて本当の兄が存在していた形跡を見つける。1950年代のパリを舞台にした自伝的長篇。

家族の中にある秘密は何らかの形で日々の生活に影を落としているから、「ぼく」の想像上の兄もその秘密の延長だったに違いありません。両親の出会いというロマンチックな物語が「ぼく」の中で語り直されるたびに歪なものが入り込んでいく様子、秘密にしていた過去の出来事だけでなく秘密をかかえている事そのものが家族を押しつぶしていく様子が、シンプルで抑制の利いた静かな文章で綴られていました。

その秘密を聞かされてそれを受け止めた「ぼく」がさらに家族に救いの手を差し伸べていく姿には心を揺さぶられます。戦争によって傷ついた心は容易に癒されることはないけれど、それでも懸命に生きようとする人たちの物語でした。ナチス支配下のフランスでもユダヤ人の迫害があり、民族の悲しみは一つ一つの家族の悲しみ一人一人の個人の悲しみでもあります。150ページ余りのごく短い作品ですが重厚な手ごたえでした。