壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

アイルランド・ストーリーズ  ウィリアム・トレヴァー

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アイルランド・ストーリーズ  ウィリアム・トレヴァー
栩木伸明訳  国書刊行会 2010年 2400円

悲喜こもごもの人間関係と、登場人物の心の襞が深く描かれているばかりか、軽やかな筋運びで読み終え、その余韻にじわっと感じ入ってしまう、そんな短編がアイルランドを舞台にしたものばかり12編、収められています。アイルランドの歴史はよく知らないけれど、いかにもアイルランドだなあ、という気がします。イギリスへの複雑な思い、繰り返される凄惨な紛争、報復と癒し、プロテスタントカトリックなど独特な背景の上に描かれた物語は、ことのほか味わい深いものです。

『女洋裁師の子供』 スペインからの観光客を、奇跡を起こしたとされる聖母像に案内したカハルは帰り道で、女洋裁師の子供を・・・・・・カハルの心の中に育っていく罪悪感と恐怖に似た気持ち。
『キャスリーンの牧草地』 隣の牧草地を買い取るための資金を得るため、父は娘のキャスリーンを金持ちに奉公させた・・・・・若い娘にとっては一生とも思えるくらい、長い年月をタダ働きしなければならないキャスリーンの悲哀。
『第三者 妻の不倫相手とホテルのバーで話し合う男・・・・冷静に離婚するつもりだったはずなのに、なんだか方向性が変わってしまった。
『ミス・スミス』 女教師ミス・スミスはジェイムズ少年を教室で目の敵にしていた・・・・先生に好かれたい、いささか鈍い少年のとった行動が、ユーモラスで怖い。
『トラモアへ新婚旅行』 新婚カップルの事情がしだいに明らかになる・・・・アイルランドでこそ成立する物語。
『アトラクタ』 老教師アトラクタは自分の過去を、たぶん理解できないであろう子供たちの前で語る・・・凄惨な歴史の中での赦しを語らずにいられない彼女の思い。
『秋の日射し』 末娘が男を連れて、一人住まいの老牧師のところに帰ってきた。イギリス人なのにアイルランドに入れ込んで・・・・胡散臭い男だからか、最愛の娘の男だからか、思い悩んでいた牧師だったが、亡き妻が・・・最後があまりに感動的で泣きました。
『哀悼』 ロンドンに出稼ぎに行った田舎の純朴な青年は、英国人の親方にいびられて・・・・そうやってテロリストになっていくのか・・・でも青年は踏みとどまったのだ。
『パラダイスラウンジ』 不倫カップルが別れるための旅行に出かけた先で・・・・昔々思いを果たせなかった老女の切ない気持ちと重なる。
『音楽』 父親のあとを継いで下着のセールスマンをしている青年は、実は驚くほどの音楽的才能があるというが・・・・そんなことのために利用されていたのか、知りたくなかったよね。
『見込み薄』 男にだまされて家業の下宿屋を廃業した六十歳のミセス・キンケイドは、七面鳥農家の男に近づく・・・・・意外な展開と、さらにアイルランドの希望の光?
『聖人たち』 荘園領主の子孫である裕福な家に生まれたが、内戦で焼き討ちにあって一人取り残された少年は、イタリアで暮らすこと50年、世話になったメイドのジョセフィンが危篤の連絡が来た・・・・・聖人として信じられているという、正気を失ったジョセフィン。・・・短編集の最後にふさわしい、いかにもアイルランドらしい作品。