壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ある行旅死亡人の物語  武田惇志, 伊藤亜衣

ある行旅死亡人の物語  武田惇志, 伊藤亜衣

Audible

自宅アパートで亡くなったのに身元が分からない高齢女性は、3400万の現金とわずかばかりの身の回りのものを残していた。社会から身を隠しているような生活を40年も送っていたらしい。二人の記者が、印鑑の珍しい名前から彼女の過去を追い始めた。

一年ほど前だったか話題になったのは知っていた。Audibleで見つけたのでセール期間中に…と聴き始め、夢中になってしまった。ドキュメンタリだという認識はあったが、あたかもミステリやモキュメンタリかと思うくらい文章と構成が面白い。実名を明らかにしたノンフィクションで、謎がすべて明らかになるわけではない。彼女の身元は判明したが、親族や友人の前から姿を消した40年という半生に、何があったのかは謎のままだ。むしろ謎のままでいい。彼女の物語は彼女自身の物だから。

でも、70代の独居老人である自分自身と、彼女の孤独な半生を重ね合わせて、複雑な気持ちではある。

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Audibleのお試し期間がもうすぐ終わる。月1500円は高いので解約したら、三ヵ月限定月750円で誘われた。どうしよう。

無花果の実のなるころに 西條奈加

無花果の実のなるころに (お蔦さんの神楽坂日記) 西條奈加

Audible

西條さんの人気シリーズの一冊目をオーディオブックで楽しく聴きました。ナレーションが巧みでセリフの区別がつきやすく、アニメや吹替えドラマを見ているみたいです。ベテランの声優さんの実力ってすばらしい。ただ、耳からの読書は記憶に残りにくく、細かい所はもう覚えていません。楽しいからそれだけでいいけど。

 

中学生二年の望は神楽坂で祖母のお蔦さんと暮らしています。元芸者で粋なお蔦さんは、クールだけど情に厚く、ご近所さんや望の幼馴染み、学校の友人が抱えた事件を解決していきます。望がだんだんに成長していく様子が楽しみです。お蔦さんの苦手は料理なので望が炊事をしていますが、毎回美味しそうな物が出てきます。続編が三作あるそうでチャンスがあったら読みたい。

田舎のポルシェ  篠田節子

田舎のポルシェ  篠田節子

文藝春秋  図書館本

田舎には住んでいるが軽トラをもっていないので、「田舎のポルシェ」の事は知らなかった。『ハヤブサ消防団』でスバル製の軽トラの型式をそう呼ぶのだと聞いた直後に、移動図書館の本棚で本書を見つけた。何かの御縁でしょう。

ホラーやミステリにもSF的不思議さが加味されている小説が篠田さんに多いけれど、本書は軽快なロードノベルが三編。「田舎のポルシェ」で、360キロの米を八王子から岐阜まで運ぶことになった男女。「ボルボ」で北海道旅行に出かけた初老の男二人。「ロケバスアリア」では、コロナで格安の代金となったホールで趣味のオペラを歌おうと、孫の運転でロケバスで出かけたのは介護施設で働く70歳の女性と同じ歳の音楽ディレクター。

車での移動の途中の思いがけない困難 —読者にはユーモラスな出来事― を一緒に乗り越えて、全くの初対面もしくはそれほど親しくない人たちの関係性が変わっていく様子がとても面白かった。

ああ、ウィリアム!  エリザベス・ストラウト

ああ、ウィリアム!  エリザベス・ストラウト

小川高義訳 早川書房   図書館本

作家であるルーシー・バートンは二番目の夫を亡くしたが、前夫ウィリアムとの友人関係はそのままだ。ウィリアムの亡き母キャサリンの秘密を知ったウィリアムは、母の故郷であるメイン州へ同行することをルーシーに頼む。ルーシーの現在と過去の回想は、子供時代の貧困のなかでの母親との関係、義母キャサリンとの思い出、離婚、結婚、娘たちとの関係などを行ったり来たりする。どのエピソードも印象的で、会話文のような平易な文章で描かれる人物像が巧みなので、たくさん欠点を持っているごく普通の人びとに対する愛おしさが湧き上がってくる。

さらに、作中でルーシーが書いた回想録が、エリザベス・ストラウトの『ルーシー・バートン』と重なってきて、不思議な感じにおそわれる。自伝的小説なのか、メタフィクションなのか、どちらでもないのか、少々混乱する。

本書は『私の名前はルーシー・バートン』の続編と思っていたら、『何があってもおかしくない』を読み飛ばしていた。しかし、ストラウトの物語は過去と現在を縦横無尽に行き来して断片的に語られるので、順番にはこだわらないでおこう。

訳者のあとがきによれば、コロナ下の続編(Lucy by the Sea)があるらしい。さらに、Amazonで探すと夏に出版される予定の本(原書Tell Me Everything)では、ルーシーがバージェス家オリーヴ・キタリッジと邂逅を果たすらしい。すごく楽しみ! 小川さんお願いします。

ある男  平野啓一郎

ある男  平野啓一郎

Audible

耳からの読書ではあるが、初読みの平野啓一郎作品。夫を亡くした女性から相談を受けた弁護士の城戸の目線で物語が進行していく。事故死した夫の死後に、夫が全くの別人であることが判明し、誰と結婚していたのかと戸惑う女性からの相談だった。城戸はこの男(ある男)はいったい誰なのかという謎を追いかけ始める。

話の筋はミステリのようであるが、単にミステリとして読んでしまうのは勿体なさ過ぎる。自分を捨てて別の人生を選んだ男の心情は、自分の出自にわだかまりを持つ弁護士の城戸のそれと呼応していて、深い思索をもたらしている。アイデンティティ、差別、加害者家族などの問題はソフトに扱われている。活字を読む読書ではつい早読みをしてしまうが、耳から聞く読書は一定の速度で情報が入ってくるので、城戸の心の襞を描写する文章を一言一言味わいながら聞くことができた。

名前を偽ってまで別の人生を選び、その結果短いながらも幸せな暮らしを手に入れる事の出来た〈ある男〉。その亡き男を想う家族の思いが語られる最終章は感動的で、哀しいけれど幸せな気持ちで涙を流さずにいられなかった。 映画もあるらしいが見ないでおこう。

人間の彼方  ユーリ・ツェー

人間の彼方  ユーリ・ツェー

酒寄進一訳 東宣出版   図書館本

ロックダウン下のドイツでベストセラーになった小説。コロナは背景であり、書かれているのは人間そのものです。日常が姿を変えたときに人間の本質があぶりだされていくというのが,パンデミック小説の醍醐味なのかもしれません。

日本でコロナが始まったころを思い出しました。クルーズ船の乗客が隔離を破ってスポーツジムに行ったとか、世間がピリピリしていた時期がありました。ドイツではどうだったのか、コロナでの社会情勢が機知に富んでいて面白く描写されています。そしてそれ以上に人間の弱さと強さが巧みに表現されていてます。コロナがなかったら気が付かなかったかもしれない、他者に対する思い込みや偏見、そして他者をそのまま受け入れる事の難しさと素晴らしさの両方に気付かせてくれました。

 

広告業界で働くドーラは三十六歳。飼い犬を連れて、ベルリンから田舎に引っ越した。以前から環境問題にのめり込んでいたパートナーがコロナを機に一層先鋭化して、その「正しさ」に耐えきれなくなったからだった。でも思いつきで引っ越してきたので大きな古い家には家具もなく、庭は荒れ果てている。交通の便は最悪で、車も自転車もない。隣人ゴートはスキンヘッドのマッチョで自称〈田舎のナチ〉だという。右翼政党のポスターもある。村にはゲイのカップル、人種差別の冗談ばかり言う男など、ドーラが今まで会ったことも会いたくもなかった人たちがいて、ドーラの田園生活を脅かしてくる。でも、彼らはなぜか親切なのだった。ある出来事をきっかけに、ドーラはゴートとの距離を縮め、相いれなかったはずの人々との交流が始まった。

 

ドーラの生活は一変し、それまで疎遠だった父親の関係も変わっていきます。哀しいけれど余韻の残る最後です。ドーラはこの先もこの田舎で暮らしていこうと決意したようです。

きたきた捕物帖 / 子宝舟  宮部みゆき

きたきた捕物帖   

子宝舟 きたきた捕物帖2  

PHP研究所  図書館本

宮部みゆきの時代物には依存性があるようです。昨年末に読んだ『ばんば憑き』に続き、新しいシリーズの捕物帖を読み始めました。

主人公の北一は気弱な一六歳。三歳の時に迷子になって千吉親分に拾われ、親分の亡き後、周囲の人々に助けられながら謎解きをはじめていく成長物語です。相棒はやはり身寄りのない喜多次で、きたきた捕物帖。宮部さんの時代物にハズレはありません。夢中で二冊続けて読んでしまいました。二冊目の最後で犯人と思しき人物が逃亡しているので、続編は間違いないでしょう。

舞台は深川。深川と言えば『本所深川ふしぎ草紙』から始まるシリーズの本所回向院の茂七が思い出されます。シリーズは全部読んだような気がするのですが、定かではありません。宮部みゆきの文庫本を売ってしまった今となっては、思い出すよすががありません。高橋英樹主演のNHKドラマの印象が強くて記憶が混乱しています。

江戸時代のいつ頃なのかは特定できませんが、茂七の跡を継いだ政五郎が顔を見せますし、『ぼんくら』のおでこさんが北一のブレインになってくれました。『初ものがたり』の稲荷ずし屋と関連があるとか、未読の『桜ほうさら』で出てきた場所だという情報に心踊らされて、宮部みゆきの時代物を図書館に予約しました。