壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

人間の彼方  ユーリ・ツェー

人間の彼方  ユーリ・ツェー

酒寄進一訳 東宣出版   図書館本

ロックダウン下のドイツでベストセラーになった小説。コロナは背景であり、書かれているのは人間そのものです。日常が姿を変えたときに人間の本質があぶりだされていくというのが,パンデミック小説の醍醐味なのかもしれません。

日本でコロナが始まったころを思い出しました。クルーズ船の乗客が隔離を破ってスポーツジムに行ったとか、世間がピリピリしていた時期がありました。ドイツではどうだったのか、コロナでの社会情勢が機知に富んでいて面白く描写されています。そしてそれ以上に人間の弱さと強さが巧みに表現されていてます。コロナがなかったら気が付かなかったかもしれない、他者に対する思い込みや偏見、そして他者をそのまま受け入れる事の難しさと素晴らしさの両方に気付かせてくれました。

 

広告業界で働くドーラは三十六歳。飼い犬を連れて、ベルリンから田舎に引っ越した。以前から環境問題にのめり込んでいたパートナーがコロナを機に一層先鋭化して、その「正しさ」に耐えきれなくなったからだった。でも思いつきで引っ越してきたので大きな古い家には家具もなく、庭は荒れ果てている。交通の便は最悪で、車も自転車もない。隣人ゴートはスキンヘッドのマッチョで自称〈田舎のナチ〉だという。右翼政党のポスターもある。村にはゲイのカップル、人種差別の冗談ばかり言う男など、ドーラが今まで会ったことも会いたくもなかった人たちがいて、ドーラの田園生活を脅かしてくる。でも、彼らはなぜか親切なのだった。ある出来事をきっかけに、ドーラはゴートとの距離を縮め、相いれなかったはずの人々との交流が始まった。

 

ドーラの生活は一変し、それまで疎遠だった父親の関係も変わっていきます。哀しいけれど余韻の残る最後です。ドーラはこの先もこの田舎で暮らしていこうと決意したようです。