壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

砂男/クレスペル顧問官 ホフマン

砂男/クレスペル顧問官 ホフマン

光文社古典新訳文庫  電子書籍

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19世紀の初めに書かれたホフマンの幻想小説を読もうと思ったのは,図書館で見かけて借りてきた逢坂剛の『鏡影劇場』がきっかけでした。二段組み700ページ近いこの小説は19世紀の作家E.T.A.ホフマンを題材にしたものらしいと知り,ホフマンの小説は昔に読んだかもしれませんが,すでに記憶の彼方です。あらかじめホフマンを読んでおこうと,一番有名なものを選んでみました。

 

読み始めてすぐに既読感がありましたが,ホフマンのこの短編を読んだ事があるのではなくて,怪奇幻想小説が持つ雰囲気がそうさせるようです。ホフマンは幻想小説の先駆けで,後世の多くの作家に影響を与えたそうで,幻想小説は少ししか読んでいませんが,アラン・ポーデュ・モーリアハートリーたちの小説にもつながっているのがよくわかりました。19世の初めに書かれたとは思えないくらい現代的な解釈のできる小説です。

幻想小説のあらすじを書いてもしょうがないけれど,あとで思い出せるように。

『砂男』

家を離れて勉強しているナターナエルが親友のロータルとその妹のクララに宛てて書いた手紙から始まる。子供の頃に怖かった砂男こと老弁護士コッペリウスが,光学機器売りのコッポラとして現れたという。現実的な対応をするクララを持て余したナターナエルはやがて別の女性オリンピアに心を寄せ始める。オリンピアというのは…実は…

オリンピア不気味の谷w。クララとナターナエルの揺れ動く関係は振れ幅がどんどん大きくなり…♪

『クレスペル顧問官』

奇人として知られるクレスペル顧問官は,美しい歌声をもつ娘アントーニエを専制的に扱って歌を歌わせなかった。クレスペルは持っているヴァイオリンをすべて分解してしまう。しかし最後の1つは…

♪クレスペルの過去が明らかになるにつれて,思ってもみなかった美しい物語が現われます。ホフマンの舟歌で有名なホフマン物語というオペラが生まれるのがわかるような気がします。オペラを見たことはありませんが…♪

『大晦日の夜の冒険』

編者のまえがき-旅する熱狂家のあとがきの枠の中にさらに幽霊じみた小男の書いた身の上話という枠を持つ物語。妻子がいるエラスムス・シュピークヘルがフィレンツェで美しい女性ジュリエッタに鏡像を盗まれてしまった。

♪悪魔のような美女ジュリエッタと旅する熱狂家の元恋人のユーリエは実像と鏡像のように重なる(重ならない)人物として,熱狂家と小男もまた現実と幻想の人物として分かちがたく,めまいのするような展開を持つ物語です♪

新・御宿かわせみ5 千春の婚礼 平岩弓枝

新・御宿かわせみ5 千春の婚礼 平岩弓枝 

文春文庫 電子書籍

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かわせみを続けて読みます。“日本人の精神安定剤”をもう一服です。と思ったんですが,話の筋立てがよくわからない所があり,伏線回収されず,麻太郎が東吾に似ているという話ばかりが繰り返されて,スッキリしません。精神安定剤の効力が薄くなってきているような…使用期限か…(ゴメン)。

 

宇治川屋の姉妹」小間物屋の異母姉妹のおなつとおふゆが,診療所に父親の薬を取りに来た。殺されるかもしれないとおなつに相談を持ち掛けられた麻太郎。そのあと姉妹の父宇治川屋孝兵衛が撲殺された。家族間の思いやりさえあればこんなことにならなかったのにと思う麻太郎です。

 

千春の婚礼」清野凜太郎と神林千春の婚礼が行われ,新婚旅行に出る二人を新橋駅で見送ったときに,凜太朗に執着する,凜太朗の兄嫁を見かけた。林田という旧家の跡継ぎが不審死した。双子の弟と継母が戻ってきて跡を継ぐらしい。……麻太郎が塩をまいて怒る理由がいまいち伝わってこない。不審死もそのままになった。

 

とりかえばや診療所」麻太郎のイギリス留学時代の友人の姉弟南条孝子と忠信がかわせみにとまった。姉はしっかり者,弟は軟弱。忠信がカジノの女の子キムに熱を上げて故郷に帰らずに殺された。孝子がキムを敵として襲った。……見当違いの敵討ちに,えっ,これでおわり? 

 

殿様は色好み」かわせみの客高市新之助は上品で優雅で行儀がいいが女たらしらしく,正体不明で人物像がつかみきれない。源太郎と花世に子供が生まれて,皆が浮足立っている。診療所に迷い込んだ黒貂の飼い主は新之助の妹結子だった。白貂ではなく,黒貂を抱く貴婦人か(w)

 

新しい旅立ち」麻太郎の周りでかってに縁談が進んでいる。麻太郎は留学を希望し,イギリスに2年,さらに米国に3年という予定(?)らしい。皆が見送る中,麻太郎は英国を目指して横浜から船出をする。……これでおわりの大団円……でもよさそうなのに,高市新之助(実は華族様)の妹結子も偶然,同じ船で英国に医学留学するという。あまりにもとうとつな展開に?。イギリスで何か展開があるのだろうか。

 

先月末まで,この文庫の電子版が50%ポイントオフになっていたので,続きの2巻を買い込みました。すこし休憩してから読みます。麻太郎は帰ってこられるのかしら。

新・御宿かわせみ4 蘭陵王の恋 平岩弓枝

新・御宿かわせみ4 蘭陵王の恋 平岩弓枝 

文春文庫 電子書籍

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明治の代になってから4作目です。旧シリーズの一巻からずっと文庫本がでるたびに購入していたのですが,もう手元に一冊も残してありません(終活です)。この巻から電子書籍に切り替えました。5作目を読もうと思って,千春の結婚相手の清野凜太郎って誰?と思って読み返しています。売れないけれど,検索できる電子書籍は便利です。旧シリーズの全34巻が合本で電子書籍になっていて,欲しい気もするけれど,我慢,我慢,終活,終活。

 

明治の代になった新シリーズ第1作では,衝撃的な世代交代がありました。かなりショックでしたが,子供たちは今や立派に成長し,世の中がすっかり変わっても,相変わらず身の回りに殺人事件が多すぎるにしても,かわせみの時間はもとのままゆったりと流れていきます。麻太郎を見るにつけ東吾さんを思い出すおるいさんです。10年以上の不在(行方不明)をよく耐えてきたなと思います。東吾さんが再登場することはもうないだろうな…と思いますが…

 

あらすじは無しで,タイトルのみ「イギリスから来た娘」「麻太郎の友人」「姥捨山幻想」「西から来た母娘」「殺人鬼」「松前屋の事件」「蘭陵王の恋」

 

かわせみの物語はくり返しドラマになりました。おるいさんと東吾さんのカップルは何人もの俳優さんが演じました。全部見ている!と思っていたけれど,Wikipediaで調べたら,見ていないのがありました!

1973年 TBS 若尾文子 中谷昇(見てないかも)

1980年~ 1982年~ NHK 真野響子 小野寺昭

1988年 テレビ朝日 小手川祐子 橋爪淳

1997年 テレビ朝日 沢口靖子 村上孔明

2003年~ NHK  高島礼子 中村橋之助

2013年  新シリーズ 時代劇専門チャンネル 真野響子(見てない!)

本を読みながらイメージするおるいさんは,やはり真野響子さん。

ネットで調べていたら『「かわせみ」は日本人の精神安定剤』という書評がありました。なるほどね。

西日の町  湯本香樹実

西日の町  湯本香樹実

文春文庫  電子書籍

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少年や少女と老人との交流,生と死のモチーフは『夏の庭』『ポプラの秋』の主題でしたが,今度も10歳の少年の日を回想する僕が体験する祖父の生と死の物語です。

九州の町で西日の当たる小さなアパートで母と暮らす僕の所に,祖父である「てこじい」が転がり込んできました。てこじいは寝るときも横にならずに壁にもたれてうずくまっています。てこじいと母の複雑な距離を少年なりに測っていたのでしょう。てこじいの秘密めいた過去に,僕は戸惑いながら惹かれていきます。

 

湯本さんの描く風景は現実の風景を描きながらも,深い所で読み手や登場人物の心象風景につながっていくような不思議な感覚を味わいます。「親の死に目に会えなくなるよ」と言いながら夜に爪を切る母の「ぱちん」という音は,身体感覚を呼び覚まします。高度成長以前の昭和の貧しくも懐かしい時代がよみがえり,病院でのてこじいの最期で母がかける言葉に涙しました。

 

この小説の舞台は北九州のkという町です。西の町はきっと日の入りの時間が遅くて,西日の差す時間すら長いような気がします(←誤解です)。西日はなんだか嫌われ者ですね。斜めからさす赤みがかった日光にはポジティブな印象がありません。庭で育てている植物の育て方に,「西日が当たらない日向で…」などと書かれていますもの。

夏の昼間に気温が上がり,夕方になってなかなか沈まない太陽を恨めしく思います。今日は静岡の最高気温が29℃でした。南西の斜面に位置するわが家は,強烈な西日を浴びます。夏にはいつも西向きの窓の雨戸を早々に閉めてしまいます。近所の新築の家は西に窓がないのが普通になりました。明日は30℃になるそうで,こんなに早く梅雨と夏がくるなんて…。

次なるパンデミックを回避せよ 井田徹治

次なるパンデミックを回避せよ  環境破壊と新興感染症  井田徹治

岩波科学ライブラリー  図書館本

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が動物由来感染症人獣共通感染症)であることはもちろんだが,今までには流行しなかった新興感染症がエピデミックやパンデミックを起こす背景には,環境破壊,気候変動など,人間がこれまで引き起こしてきた環境問題がある。生態系の回復,環境問題の解決こそが次なるパンデミックを回避する術だという。著者は環境問題を扱うジャーナリスト/サイエンスライターで,専門家のインタビューや現地の取材が説得力を持っている。

パンデミック回避のための根本的な道筋は,人類による森林破壊,地球温暖化生物多様性の消失,経済優先の生活様式を方向転換し,たとえばSDGs(持続可能な開発目標)に沿った人類全体での行動変容だという。

 

しかし,この本を読んでも今の私には明るい未来が描けません。直前に読んだアトウッドの『オリクスとクレイク』の人類絶滅?ディストピアから離れることができないでいます。京都議定書はどうした,パリ協定はどうする,誰も約束なんか守れない,人口が増えすぎた単一種に対する自然からの報復だ……失礼しました。一晩寝てからもう少しまじめに考えます。

*********** 

新興感染症とか,エマージングウイルスとかいう言葉を耳にしたのは1990年代だったような覚えがあります。天然痘の根絶を旗印にした感染症の制圧という人類の夢は,HIVエボラウイルス,ハンタウイルスなどのエピデミックにより簡単に潰えてしまいました。ウイルス感染症だけでなく,古いタイプの細菌感染症結核など)は薬剤耐性の問題で再興し,BSE(ウシ海綿状脳症)という全く新しいタイプの感染症が現われ,21世紀は感染症テロリズムの時代という予測がありました。1990年代半ばの資料を探して読んでみましたが,このころはすでにエマージングウイルス出現の背景として,①生態系の変化と農業発展 ②人口動態と行動の変化 ③国際交流と貿易 ④技術と工業 が挙げられていました。地球温暖化が生態系の変化を生み新たな感染症を招くとの警告もよく覚えています。

 

21世紀に入って新型インフルエンザ,ウエストナイルウイルス,SARS,MARSとたて続けにエマージングウイルスが出現しましたが,幸いなことにエピデミックで終息しパンデミックにならなかったことで,私たちは油断してしまったのでしょう。 本書のあとがきの中で,同時多発テロを招いたのは事前に多数の情報があったにもかかわらず9.11を予測できなかったのは「想像力の欠如」だったという米委員会の報告書の言葉を引用し,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを招いた原因の一つもやはり「想像力の欠如」だと書かれています。

 

本書のあとがきの中での著者の下記の言葉は重い。

エボラ出血熱重症急性呼吸器症候群SARS)が次々と発生し、人間が引き起こす環境破壊がその背景にあることを示す研究や警告は多数、われわれの目の前にあった。だが、われわれはそれをつなぎ合わせ、世界経済を麻痺状態に追い込むようなパンデミックが起こるのだということを想像する力を持っていなかった。同時多発テロの時もそうだったし、深刻化する地球温暖化に関しても同じことが言える。自分自身、世界各地での取材の中で、森林破壊や絶滅に瀕した動植物、ブッシュミート市場などを目にしてきたのだが、それをパンデミックと結びつけ、人々の想像力をかき立てるような報道をしてきたかと言われれば、答えは「ノー」である。自らの貧困な想像力を恥じるという10年前の東京電力福島第一原発事故の時に感じたのと同じ自責の念に囚われながらまとめたのが本書である。今や、われわれは次の、もしかしたらもっと悲惨なパンデミックが起こるという事態を容易に想像できるはずだ。もはや行動しないことは許されない。そんなメッセージを読者に伝えられたらと思う。

目次

序章 動物由来感染症の時代

第1章 進む森林破壊

第2章 地球温暖化がもたらす感染症

第3章 広がる野生動物食

第4章 ペット取引のリスク

第5章 肉食とパンデミック

第6章 生物多様性の視点

終章 根本からの変革を

あとがき

オリクスとクレイク マーガレット・アトウッド

 オリクスとクレイク   マーガレット・アトウッド

早川書房     図書館本

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アトウッドのディストピア『マッドアダム三部作』の一作目です。アトウッドの『侍女の物語』『誓願』を読んで,勢いがつきました。

人類の生き残りであるスノーマンことジミーは,友人であったクレイクの開発した人類「クレイカー」たちの集団と海岸近くで暮らしている。暮らしているとはいえ,住居もなく着ているものはシーツ一枚,かつての世界が残した残骸をあさってみじめに生きている。クレイカーたちはなまの葉っぱだけ食べて,楽しく生きていけるように設計されている。クレイカーたちが捕まえて焼いて持ってきてくれる魚がスノーマンにとって唯一の新鮮な食べ物だ。

スノーマンはかつての生活を断片的に思い出す。巨大企業が囲い込んだ「構内」は厳重に封鎖され監視下に置かれていた。会社の幹部たちとその家族が暮らす人工的に整備された「構内」の外の「へーミン地」で大多数の人間がくらしていたらしい。どうして人類は絶滅したのだろうか? 

 

スノーマンの語りと目線のみで進行する物語からは,この世界の全体像を俯瞰的に見ることができません。スノーマンの回想の断片が真実なのかどうかさえ分からないのです。もどかしい思いをしながら読んでいく読書は,かつての世界が残した残骸をジミーが拾い上げる作業とよく似ているようです。拾った残骸を組み合わせて元の世界が構築できるはずもなく,通信手段さえ破壊された世界の様子は全く分かりません。

 

拾った残骸 ―アトウッドの与えてくれる情報― は,それほど目新しいものではありません。今までのSF小説で読んできたものや,我々の科学技術が目指しているもの,そしてこの地球が現在まさに陥ろうとしている危機の一部なのです。遺伝子操作された組み換え生物,分断された階級,利益のみ追及する巨大企業と操作された情報を盲信して目先のことしか考えられない大衆。感染症の流行と医療格差。目新しさはないけれど,残骸のばらまき方 ―情報の出し方― が巧みで,読み手の焦燥感や好奇心で物語を引っ張っていきます。

 

私としては,荒廃した土地を歩くスノーマンが靴を履いていない所がすごくイライラするツボでした。靴は落ちてないの? 早く見つけなよ。怪我するよ! やっぱりね。 地震の時の用心に履物は近くに置いておこう。

 

スノーマン(ジミー)と天才的科学者となった友人のクレイク,ジミーが愛するオリクスの三人のもつれが,結果的にこの世界を壊滅に導いたのか,最後まではっきりとしない物語で,読み終えても割り切れない思いが残ります。続けては読みませんが,第二作『洪水の年』はどんな展開になるのでしょうか。この落とし前をつけてくれるのでしょうか(笑)。第三部は未翻訳。

青葱 野々上いり子

青葱 野々上いり子

徳間書店 電子書籍

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第4回大藪春彦新人賞受賞作ということでKindleで無料になっていたので,就寝前読書としてすぐ読みました。

母から、祖母が徘徊でいなくなってしまったという連絡を受け、ひかりは約半年ぶりに実家に帰ってきた。

仏間に横たわっている父の姿。そして母の言葉。「おばあちゃんが、殺してしもてん」

アルコール依存症,DV,認知症,介護,大雨,避難,浸水災害と現代的な話題がこの短い話の中にギュッと盛り込まれていて,テンポがよくて面白い。あっという間に読めました。最後に中西巡査が「望みはかなえましたよ」とひかりに言う所で,はじめてゾッとしました。