オリクスとクレイク マーガレット・アトウッド
早川書房 図書館本
アトウッドのディストピア『マッドアダム三部作』の一作目です。アトウッドの『侍女の物語』『誓願』を読んで,勢いがつきました。
人類の生き残りであるスノーマンことジミーは,友人であったクレイクの開発した人類「クレイカー」たちの集団と海岸近くで暮らしている。暮らしているとはいえ,住居もなく着ているものはシーツ一枚,かつての世界が残した残骸をあさってみじめに生きている。クレイカーたちはなまの葉っぱだけ食べて,楽しく生きていけるように設計されている。クレイカーたちが捕まえて焼いて持ってきてくれる魚がスノーマンにとって唯一の新鮮な食べ物だ。
スノーマンはかつての生活を断片的に思い出す。巨大企業が囲い込んだ「構内」は厳重に封鎖され監視下に置かれていた。会社の幹部たちとその家族が暮らす人工的に整備された「構内」の外の「へーミン地」で大多数の人間がくらしていたらしい。どうして人類は絶滅したのだろうか?
スノーマンの語りと目線のみで進行する物語からは,この世界の全体像を俯瞰的に見ることができません。スノーマンの回想の断片が真実なのかどうかさえ分からないのです。もどかしい思いをしながら読んでいく読書は,かつての世界が残した残骸をジミーが拾い上げる作業とよく似ているようです。拾った残骸を組み合わせて元の世界が構築できるはずもなく,通信手段さえ破壊された世界の様子は全く分かりません。
拾った残骸 ―アトウッドの与えてくれる情報― は,それほど目新しいものではありません。今までのSF小説で読んできたものや,我々の科学技術が目指しているもの,そしてこの地球が現在まさに陥ろうとしている危機の一部なのです。遺伝子操作された組み換え生物,分断された階級,利益のみ追及する巨大企業と操作された情報を盲信して目先のことしか考えられない大衆。感染症の流行と医療格差。目新しさはないけれど,残骸のばらまき方 ―情報の出し方― が巧みで,読み手の焦燥感や好奇心で物語を引っ張っていきます。
私としては,荒廃した土地を歩くスノーマンが靴を履いていない所がすごくイライラするツボでした。靴は落ちてないの? 早く見つけなよ。怪我するよ! やっぱりね。 地震の時の用心に履物は近くに置いておこう。
スノーマン(ジミー)と天才的科学者となった友人のクレイク,ジミーが愛するオリクスの三人のもつれが,結果的にこの世界を壊滅に導いたのか,最後まではっきりとしない物語で,読み終えても割り切れない思いが残ります。続けては読みませんが,第二作『洪水の年』はどんな展開になるのでしょうか。この落とし前をつけてくれるのでしょうか(笑)。第三部は未翻訳。