壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

西日の町  湯本香樹実

西日の町  湯本香樹実

文春文庫  電子書籍

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少年や少女と老人との交流,生と死のモチーフは『夏の庭』『ポプラの秋』の主題でしたが,今度も10歳の少年の日を回想する僕が体験する祖父の生と死の物語です。

九州の町で西日の当たる小さなアパートで母と暮らす僕の所に,祖父である「てこじい」が転がり込んできました。てこじいは寝るときも横にならずに壁にもたれてうずくまっています。てこじいと母の複雑な距離を少年なりに測っていたのでしょう。てこじいの秘密めいた過去に,僕は戸惑いながら惹かれていきます。

 

湯本さんの描く風景は現実の風景を描きながらも,深い所で読み手や登場人物の心象風景につながっていくような不思議な感覚を味わいます。「親の死に目に会えなくなるよ」と言いながら夜に爪を切る母の「ぱちん」という音は,身体感覚を呼び覚まします。高度成長以前の昭和の貧しくも懐かしい時代がよみがえり,病院でのてこじいの最期で母がかける言葉に涙しました。

 

この小説の舞台は北九州のkという町です。西の町はきっと日の入りの時間が遅くて,西日の差す時間すら長いような気がします(←誤解です)。西日はなんだか嫌われ者ですね。斜めからさす赤みがかった日光にはポジティブな印象がありません。庭で育てている植物の育て方に,「西日が当たらない日向で…」などと書かれていますもの。

夏の昼間に気温が上がり,夕方になってなかなか沈まない太陽を恨めしく思います。今日は静岡の最高気温が29℃でした。南西の斜面に位置するわが家は,強烈な西日を浴びます。夏にはいつも西向きの窓の雨戸を早々に閉めてしまいます。近所の新築の家は西に窓がないのが普通になりました。明日は30℃になるそうで,こんなに早く梅雨と夏がくるなんて…。