壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

生命とは何か   ポール・ナース

生命とは何か   ポール・ナース

竹内薫訳  ダイヤモンド社  図書館本

生命とは何か 物理的にみた生細胞 シュレーディンガー 

岡小天・鎮目恭夫 訳  岩波文庫  電子書籍

ポール・ナースの『生命とは何か』を読むにあたって、まずは、シュレーディンガーの『生命とは何か』を再読した。再読とはいえ、50年以上前の学生時代に読んだ岩波新書はもう書棚にはない。内容も〈負のエントロピー〉以外は、ほぼ覚えていないので、電子書籍を購入。「シュレーディンガー波動方程式で生命を説明できる」なんてことは一言も言っていないw。熱力学の第二方程式に従って無秩序や混沌に向かう宇宙の中で、生物たちが何世代にもわたって、どのように生命という秩序を保ってきたのかという命題において、遺伝を支えている物質は何なのか?という思索が非常に詳細になされていた。

DNA二重らせん発見(1953年)以前の1944年の出版なので、仮想的な遺伝子の物質的実体は明らかになっておらず、染色体を構成している成分の1つであるタンパク質が遺伝子の候補にあげられてはいたが、遺伝という高度に秩序だったものを現在の物理学で説明できないかもしれないと悩んでいた節があり、その議論には隔靴掻痒の感があった。当時、デオキシリボ核酸(DNA)は単純な繰り返し構造を持つと信じられていたため、遺伝情報を内包できない、ただの構造物であると考える意見も多かった。

1953年にワトソンとクリックがDNA二重らせんと塩基対合の中に、遺伝情報と情報の複製に合理的解決を示した時、シュレーディンガーはどんな反応をしたのかが気になる。長年の疑問が解けて、

スッキリしたかな?

 

ポール・ナースは細胞周期のメカニズム解明でノーベル賞を受賞した細胞生物学者だ。異色の経歴は本書の中でも紹介されていた。

ポール・ナースの『生命とは何か』は、読みやすくて明快な本だった。生物学の重要な五つの考え方を説明し、そこから生命を定義する「統一原理」を導き出すという。

五つの重要な考え方は、1.細胞、2.遺伝子、3.自然淘汰による進化、4.化学としての生命、5.情報としての生命、である。どの項目も、生物学の歴史から説き起こす簡潔な説明と、自分自身の研究や生い立ちのエピソードが挟み込まれていて、読みやすかった。特に「5.情報としての生命」の章は読み応えがあった。生物学は必ずしも分子レベルの領域に還元する必要はなく、情報を中心に据えた生命観を念頭に置くことによって、異なる分野の科学者たちが情報という観点から交流することが重要、科学の進歩の恩恵を享受する一方、知識は諸刃の剣であるともいえる、など現代社会への思索も分かりやすい。

最後に「生命とは何か」=「進化する能力を有するもの」と定義されている。超自然的な創造主を引き合いに出さずに、生物をつくり出せるメカニズムが進化だという。

生命を定義する原理は三つ。

  • 進化を支えるものは、生殖、遺伝システムとその変動。
  • 細胞のような、外界との境界を持ち、かつ外界(環境)とコミュニケーションをとる物質的存在。
  • 生き物は化学的、物理的、情報的な機械であり、自ら代謝、成長、再生する機能を持つ。

以上の三つの原理が合わさって初めて生命が定義される。この三つすべてに従って機能する存在は、生きているとみなすことができる。生命の定義として、シンプルで分かりやすい。

とてもスッキリした!

もう一つ、最後の印象的な一節を引用しておく。

地球上のすべての生命は生存競争を生きぬいた偉大な同志だ。人間だけがその深い絆を理解し、その意味に思いを馳せることができる唯一の生命体だ。だから地球の生命に対して、特別な責任を負っている。