SFを読まなくなって久しいのですが、プリーストの「双生児」と「奇術師」の面白さに惹かれ、この本を手に取りました。かつてサンリオ文庫に収められていたものが創元SF文庫て復活しています。表紙の絵も内容も、まさにSFらしいSFで、なつかしい~。
レールに沿って移動し続ける都市に生まれ、"650マイルの歳”に成人式を迎えたヘルワードは、「地球市」という都市を移動させる組織であるギルドに加わります。見習いとして働き始め、初めて都市の外に出て、太陽や月が、学んできた惑星地球のような球体ではなく、ひどく歪んだ形をしていることを知りました。
ギルドの仕事は、都市が移動する北方を測量し、都市の後方で役目を果たした軌道(レール)を分解し、都市の前方に敷設しなおして、都市を一年に36.5マイルずつ牽引することです。「最適線」といわれる領域に常に都市を位置させることがギルドの至上命令なのです。なぜ移動しなければならないのかは、なかなか明かされません。
都市では女児の出生率が低いため、文明的な物資の見返りに、都市の外の原住民の村から、女性を「転送」して子供を生んでもらわなければなりません。その女性たちを返還するため、ヘルワードは都市の南(過去)へ向かい異常な世界に直面します。・・・・
五部構成の物語は、一、三、五部がヘルワードの視点の一人称で語られるという形式を持ちます。五部形式はプリーストの一貫したスタイルなのでしょう。ヘルワードの語りも、彼が成長するにつれて変化していきます。二十歳の青年が、社会に出て仕事を覚え、一人前になって、さらに頼りにされるようになるまでの物語でもあります。
~~~以下は、反転すると、結末まで完全ネタバレですので、ご注意ください。~~~
(というのを一度やってみたかったのです)
(というのを一度やってみたかったのです)
ヘルワードは都市のはるか南方で、時間と空間が歪んだ驚くべき世界に出会います。その世界の全体像は、ヘルワードが都市の北方で世界を観察し、さらに「デステインの指導書」を読むことで明らかになりました。直角双曲線を、漸近線を軸にして回転させた回転体の形をした世界でした。 |
y=1/xという反比例の式とグラフを考えてもらうのが分かりやすいでしょう。都市のはるか南方(赤道)は回転軸から無限に離れるため大きな遠心力がかかり、空間は扁平に押しつぶされ、時間の流れが異常に速いのです。最適線とは、双曲線の焦点に近い、重力の歪みがもっとも少ないラインだったのです。 |
物理法則の歪みによって、地面は北から南へ向かって移動し続け、最後には消失するわけですから、生存をかけて都市を永遠に動かし続けなければなりません。北の果てもまた、逆の無限の歪みを持っているので、北に行き過ぎてしまう事もできません。 |
しかし驚くべき世界の謎が、さらに本当に明らかになり始めるのは、第四部以降です。都市の外の文明人エリザベス・カーンが初めて登場することで、この都市の姿が客観的に明らかになってきます。北方でヘルワードと知り合って彼に興味を持ったエリザベスは、原住民の女性に変装して都市に潜り込みます。 |
二百年近くも他の文明集団から孤立してひたすら移動する都市は、原住民の襲撃を受けかなりボロボロの状態です。北方には、対岸が見えないほどの広い河があって、橋を架けて軌道を作ることが出来ない状態でした。さらに都市内部から、移動に反対する終止論者が表れます。その反対派の集会で、エリザベスが本当のことを話し始めます。 |
かつて地球は化石燃料の枯渇から科学技術文明が終焉し、現在はその「大崩壊」からすこしずつ復興している状態です。この都市の創始者であるデステインは、全く新しい理論によるエネルギー発生装置を発明しますが、当時はその発明が無視されたために、未完成なまま賛同者を伴ってこの都市を建設しました。 |
未完成なエネルギー発生装置は、人間の知覚に作用しそれを歪めるという副作用を持っていました。都市の人間が見ていた世界は単に知覚の歪みから来るもので、エネルギー発生器をOFFにさえすれば、知覚の歪みは解消されるはずなのですが・・・。ヘルワードは歪んだ太陽を見ながら、北に位置する大きな河(本当は大西洋)で泳ぎを楽しみます。 |
円の方程式の符号を部分的に変えるだけで双曲線の方程式になるわけですから、アイデアとしては凄く面白いのです。しかし知覚の歪みだけという解決方法は、これが書かれた当時は斬新だったのでしょうが、現代ではありふれていて結末の平凡さを否めません。 |
プリーストの最近作は、心理的な認知の歪みもテーマのひとつです。「魔法」を探しましょう。