壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

王を殺した豚 王が愛した象 ミシェル・パストゥロー

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王を殺した豚 王が愛した象 ミシェル・パストゥロー
松村恵理・松村剛訳  筑摩書房 2003年 2400円

「青の歴史」の作者・パストゥローの本です。「箱舟の航海日誌」からの連想ですが、箱舟に乗った動物たちについての記述もありました。

雑多なエピソードの寄せ集めではなく、人間が動物に対しいかなるイメージを作りあげてきたか、動物が社会のなかでどのような役割を演じさせられてきたかについて論じる実に興味深い歴史書(あとがきより)

紋章学を専門とする歴史家であるパストゥローは、文献の孫引きをきらい、分野を西洋に限定したということで、丹念に文献や伝説を読み解いて、動物が象徴する世界を興味深く解説しています。

歴史に登場する名高い動物たちについての36章(40種の動物)は、原罪の蛇(『創世記』)に始まり、ノアの箱船の動物たち(『創世記』)の次は、ラスコーの動物壁画(一七〇〇〇年前)、ミノタウロスギリシア神話)と絶妙なあんばいで年代順?に並べられています。さらに、ジェヴォーダンの獣や、ネス湖ネッシー、最終章はクローン羊ドリーと多彩な章立てになっています。

ノアの箱舟に入ることになった動物たちの種類について、創世記は殆ど言及していないので、後世の芸術家も著作家も、箱舟に乗せる動物をかなり自由に選ぶ事ができた。だから、どの時代にどんな動物が選ばれたかという事が、社会史を知る上でのポイントになります。

また、箱舟への乗船または下船の順番によって、動物界の序列がわかるとのこと。中世には四足動物が主で、中世初期には動物の王は熊とライオンでしたが、中世末期には熊はほとんど姿をみせなくなりました。熊はゲルマンとケルトにおける動物の王であり、ライオンは聖書とギリシャ・ローマ文化における動物の王だったからです。

中世末期にはさらに、象、駱駝、一角獣、ドラゴンといった実在と想像が混在した異国の動物たちが紛れ込んできます。近世になると異国の動物がもっと増えるかわりに、空想上の混獣は姿を消し、さらに現代では家畜が減って、有袋類を含んだ野生動物が大勢を占めるようになります。現在では、トラやジャガーを優先し、クジラやイルカまでも箱舟に乗せるそうで、このような選択は常にイデオロギー的であるというわけです。

動物をめぐるエピソードがたくさんある中で、著者のお気に入りは『豚』のようです。(ちょっとブランディングズ城の第9代エムズワース伯爵を思い出しましたが^^。)豚が原因で不慮の死を遂げた若い王子の不名誉、豚を裁判にかけて処刑する話、都市のゴミを求めて徘徊する豚など,豚に関するものがかなりあります。

初めてクローンとなったドリーが雌羊であったことは歴史の帰結でだそうで、つまり最古の家畜は羊であり、最も品種改良されてきた動物であり、地球上で最も広く生息する家畜であるからだといいます。さらに、ラテン語の卵と雌羊を表す言葉には、語源的関連があるんですって。
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この本は、図版が少なくて残念なんですが、「デューラーの犀」はありました。このなんとも不思議な木版画は、1515年にインドからスペインに渡った犀をスケッチしたデッサンから、デューラーがかなり自由に解釈して作り上げたもの。その後、18世紀まで何度も模写され、犀の姿として流布したそうです。何度見ても凄い。