壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

別れの色彩  ベルンハルト・シュリンク

別れの色彩  ベルンハルト・シュリンク

松永美穂訳 新潮クレストブックス  電子書籍

人生の黄昏を迎えた頃に、過去の出会いと別れの記憶が甦ってくる。年齢を重ねてから振り返る過去は、当時とは別の色彩を感じさせるのだ。9つの短編がそれぞれに、老境にある登場人物の悔恨や戸惑い、心の揺れを伝える。

老境にある読者もまた、自分の過去を甦らせ、重ねながら、小説の余韻をじっくりと味わうことができた。「ダニエル、マイ・ブラザー」が最も印象的だった。

朗読者』『逃げてゆく愛』を読んだのはもう15年も前だが、久しぶりに読んだシュリンクはやはり素晴らしい。『朗読者』を再読しようか、映画化された「愛を読む人」を見ようか迷う。

 

人工知能」:東ドイツ時代からの友人だった男の死後、彼の娘レーナが父の過去を探ろうとする。それを止めようとする〈ぼく〉は自分の過去に向き合えない。なぜかカズオ・イシグロの『浮世の画家』を思い出してしまった。

アンナとのピクニック」:若い女性が殺された。目撃した可能性があるのではないかと、警察は老人を疑う。彼が協力的でないのは、何故なのか。

姉弟の音楽」:若い頃に親しくしていた女性と、50年ぶりに再会した。あの頃二人を隔てていたものは何だったのか、その真相が明らかになる。

ペンダント」:彼女を裏切った夫が最期に会いたいと連絡してきた。会おうか会うまいか、彼女は葛藤する。

愛娘」:義理の娘と親しい関係を築くことが出来て、うまくいっていたはずなのに。その娘のあまりにも意外な行動とは。

島で過ごした夏」:少年の日の「ヰタ・セクスアリス」を、老年になって母の思い出とともに繰り返し思い出す。

ダニエル、マイ・ブラザー」:兄と兄嫁が自殺した。兄に対する怒りを感じながらも喪失の痛みにさいなまれる。近親者の死を受容するまでの過程が切ない。「少女とトカゲ」という題名の絵画が出てくるが、『逃げてゆく愛』の中に「少女とトカゲ」という短編があったのを思い出した。同じ絵なのだろうか。

老いたるがゆえのシミ」:“年を取ったって何の不安もないんだということを示したくて、 彼は七十 歳の誕生日にパーティーを主催した。”たくさんの友人知人と会って、過去が一気に甦って彼を苦しめる。老人性の鬱だといわれて、昔別れた女性に会いに行くが…。

記念日」:若い恋人の存在を改めて自覚して涙する老人は、いつか来る別れを予感するのだろう。