壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

わたしはイモムシ  桃山鈴子

わたしはイモムシ  桃山鈴子

工作舎  図鑑カフェの本

いつも行く博物館の図鑑カフェで見つけた! イモムシの体表の展開図が素晴らしい。解剖図ではない。写真や写生では同時に見る事の出来ない背側の模様と腹側の腹脚が続けて一枚に、精密な点描で描かれている美しいアート作品だ。いつも見慣れているツマグロヒョウモンの派手な幼虫が展開されていて、見入ってしまった。イモムシ展開図だけでも30種あまり、食草とイモムシのライフサイクルを組み合わせたテキスタイルのデザイン、山水画風のイモムシなど。久しぶりに、「この本が欲しい」という所有欲をそそられてしまった。本は四千円以上するのであきらめたが、何処かで原画展を見たいものだ。

 

季節が来るとイモムシを庭の植物に見つけるのが私の楽しみの一つ。裏のサンショにはクロアゲハの幼虫、ハッサクの枝にはナミアゲハアシタバにはキアゲハ、夕顔にはエビガラスズメの幼虫タマスダレの葉に潜り込むハマオモトヨトウの幼虫、スミレの鉢にはツマグロヒョウモン。葉っぱが丸坊主になることは滅多にない。鳥も蟻もいるので、自然界のバランスがとれているのだろう。(唯一退治するのは、サザンカにつくチャドクガだけ。早いうちに枝ごと取り除いてしまう。)

かんたんスマホのカメラでは、小さいものの撮影は難しい。イモムシを捕まえて家の中で飼うこともしない。ただ眺めるだけで楽しい。角を出して怒られるが、そっとイモムシを触るくらいだ。絵心があれば写生を楽しめるのにと思うが、学生時代の実習で描いた動植物画の出来があまりにも悲惨だったのをいつも思い出す。

香子(一) 紫式部物語  帚木蓬生

香子 紫式部物語  帚木蓬生

PHP研究所  図書館本

香子(かおるこ:紫式部)の『源氏物語』のメイキングともいえる作品だった。式部は如何にして源氏物語を書き上げていったのか。香子の視線で語られる紫式部の生い立ちと、香子が書く『源氏物語』が作中作のように、並行して交互に綴られていくのがとても面白い。

源氏物語』は光源氏の話ではあるが、香子が本当に書きたかったのは女たちの物語なのだろう。世の中や男たちに、そして時代に翻弄される女たちの姿が浮かび上がってくる。香子の実体験が物語に入り込んで、千年も昔の物語なのに現実味が感じられて、不思議な感覚になる。

源氏物語(現代語訳)』はもちろん、『紫式部物語』の中にも和歌や漢詩が多数引用されている。半世紀も前の高校時代に古文や漢文を学んでおいて役にたったと、改めて思った。半世紀も前に読んだ現代語(円地文子)訳の『源氏物語』のストーリーは覚えているが、今になってその面白さが分かる気がする。

紫式部物語』の部分で、平安という時代の背景や人々の暮らし、貴族たちの素養としての和歌、漢詩舞楽催馬楽などの文化が詳しく説明されていて、『源氏物語』の解説書の役割も担っているようだ。

本書は全五巻のうちの第一巻で、昨年末に出版されている。帚木蓬生氏が十年の歳月をかけて書き溜めたものらしい。1979年『白い夏の墓標』でデビューした当時からのファンではあったが、今までに王朝文学関係の作品は無かったので、帚木蓬生というペンネームが本当に『源氏物語』に由来するという事を初めて知った。第五巻まで毎月順次出版されているようだが、今年の大河ドラマを意識しているのは出版社の方だろう。ドラマはドラマとして楽しんでいる。

第一巻では『源氏物語』は、桐壷、帚木、空蝉、夕顔、若紫、末摘花までが書かれた。香子は父の任地である越前国から京に戻り、物語を書き続けている。一条天皇の御世も十年以上になる頃だ。

第二、三巻を図書館で借りたので続けて読もう。

図書館に通う 当世「公立無料貸本屋」事情  宮田昇

図書館に通う 当世「公立無料貸本屋」事情  宮田昇

みすず書房   図書館本

 

月二回の移動図書館の日を何よりの楽しみにしている高齢者には、耳の痛い副題です。

著者の宮田氏は編集者・翻訳権エージェントとして長く働いていた方です。出版界の裏表の事情と、リタイア後に楽しみのために図書館に通うようになった様子を絡めた面白いエッセイでした。著作権、翻訳権、貸与権の問題、書籍販売の流通の問題など、体験談として語られています。猥褻書籍の発禁処分の昔話も面白く読みました。

2013年出版の本書ですが、「老齢期の読書」—著者は執筆当時80代半ば—という視点は、思い当たる節がたくさんありました。蔵書整理したので、単行本は買わずに図書館で借り、買うのは文庫本、古い本は字が小さくて読めない等々。

「公立無料貸本屋」の伸びが出版社の売り上げを阻害しているわけではない事、図書館法に「・・・一般公衆の…レクリエーション等に資することを目的と・・・」と娯楽としての読書に言及している事などを知り、恥じることなく図書館を利用しようと思いました。

月二回、近所のお寺の駐車場に移動図書館の車がやってくる時間になると、私も含めて高齢者が十人くらい集まってきます。カートを引いて歩いてくる人、カブに乗ってくる人、毎回文庫本を沢山借りていく人、もう一度借りたいと何回も同じ本を借りる人、ネットで予約しておいた本を受け取る私、いろいろです。

グレゴワールと老書店主』という老人ホームで本を読んでもらう話を思い出しました。近ごろはオーディオブックにも魅力を感じるようになりました。自分のペースで文字を追う方がいいのですが、老眼がすすんで目が疲れて夜の読書が少し苦痛です。上手な朗読を聴きながら寝入るのもまた快適です。いつかそのうち、本を読んでもらいながら永眠したい(笑)。

ナウシカ考  赤坂憲雄

ナウシカ考  風の谷の黙示録 赤坂憲雄

岩波書店  図書館本

ナウシカ考』という「ナウシカ愛」がたっぷり詰まっていた。歌舞伎『風の谷のナウシカ』が上演されたころだったか、民俗学者の赤坂氏の力作として本書も評判になっていたのは覚えている。思い立って読み始めたが、手強かった。マンガ版『風の谷のナウシカ』を読み直してから20年近く経つのでだいぶ忘れていたが、捨てずに書棚の奥にしまってある全七巻のマンガは読み返さずにおいた。

マンガを読み直さなくてもいいくらいに内容も詳しく説明されていたが、マンガ自体が難解だし、本書も民俗学者としての『ナウシカ』の研究書であるのでさらに難解な部分が多い。読むのに一週間もかかり、図書館の返却期限が迫っている。

とにかく、ナウシカを読み込んでいく精度がものすごく高い。マンガの読み手が、作品に対する愛だけでなく、高い教養と古今東西の幅広い知識を持っていると、こんなに深い読みが出来るのかと思う。原作以上に掘り下げていても、その評論に耐える作品(マンガ)であることも再認識した。

わたしには内容を要約する能力はない。反黙示文学であるとか、二元論を否定しているとか、分からないでもないが、ナウシカの「敵とか味方とかを区別すると、すべてを焼き尽くすことになる」という言葉が一番わかりやすいかもしれない。

マンガの終幕をどう解釈したものか、手に余るものを感じていた。いつかそのうち、マンガを再読して、自分の言葉で考えることができればいいなと思う。

舟を編む   三浦しおん

舟を編む   三浦しおん

光文社   電子書籍

再読。NHKBSで放送中のドラマを見て、こんなエピソードあったかな?と、10年以上前の記憶を確かめた。出版社の辞書編纂部門の話だが、ドラマは原作の後半部分から始まっていた。そういえば映画もあった。原作は読みやすく、登場人物はコミック風で軽いタッチだが、会社で違う部署に異動になり、戸惑いながらも新しい仕事に向かって行く様子が面白かった。10年以上前の原作だから、ドラマでは辞書のデジタル化云々も出てくるのだろう。

 

探してみると、わたしの本棚に辞書・辞典・事典の類はもう一冊しかなかった。終活で他は潔く処分した。惜しい気もしたが、老眼であの小さな字が読めなくなり、あきらめた。一冊だけ残っているのは、『新明解国語辞典』。赤瀬川原平新解さんの謎』が面白かったためである。

小学生の頃(60年以上前)には、国語辞典を引く練習や競争をした覚えがある。国語辞典、漢和辞典、古語辞典、英和辞典、和英辞典など、沢山の辞書類を持たなければならない時代だった。百科事典が愛読書だったこともある。長じて、専門分野の事典や辞書もたくさん持っていた。

いつしか、CD-ROMの広辞苑が出、電子ブック、電子辞書が普及した。電卓くらいの大きさの器械に何冊もの辞書や事典が収まっているのにびっくりしたものだったが、今やスマートフォンに「○○の意味は何?」とつぶやくだけになった。情報の真偽を問わなければ・・・・。

この先、辞書はどのように変遷するのだろうか。首の後ろにあるプラグに端子を差し込んで、情報を得るようになるのだろうか。それとも、電波を直接、脳で受け取ることができるようになるのだろうか。なんか怖いな(笑)。

この本を盗む者は  深緑野分

この本を盗む者は  深緑野分

角川文庫   図書館電子書籍

出来たばかりの電子図書館で見つけて慌てて借りた本。『ベルリンは晴れているか』とは、作風が全く違うので読み始めは戸惑った。二十万冊を超える個人図書館を所有する一族に生まれたゆえに、本が嫌いな女の子深冬が、本の呪いを解くために冒険に出かけるというファンタジーだった。

映像的な要素が強くて、ジブリのアニメーションを見ているような気がしたが、年寄りのせいか、目まぐるしく変わる風景にちょっとついていけない。深冬の住む本の街〈読長町〉は、作中作の盗まれた本に呑み込まれて、そのたびに姿を変えている。マジックレアリズム、ハードボイルド、スチームパンク・・・ この目次を見てなるほどと思う。

第一話 魔術的現実主義の旗に追われる

第二話 固ゆで卵に閉じ込められる

第三話 幻想と蒸気の靄に包まれる

第四話 寂しい町に取り残される

第五話 真実を知る羽目になる

本の呪いとは何なのか、深冬の住む世界の仕組みが最後に明かされる。疑問な点が残るのだが、それゆえか、深冬は本に向き合うようになる。深冬も本の呪いにかかってしまったのだろう。

深冬は深緑さんの分身で、深緑さんは本の呪いで本を書き続ける。この本を読んだ読者もまた、呪われて本を読み続ける。

マーロー殺人クラブ  ロバート・ソログッド

マーロー殺人クラブ  ロバート・ソログッド

高山祥子訳 アストラハウス  図書館本

英国コージーミステリでは、探偵が老婦人であることが定番なのだ。テムズ河畔のマーローに住む77歳のジュディスは、頭脳も体力もなかなかのもの。ある夜、自宅前のテムズ川で泳いでいて、対岸の隣家で発砲と人の声を聞いた。ここから老婦人探偵による、典型的なコージーミステリが始まる。

  • 老人が警察に通報しても、殺人であるという主張を全く信じてもらえない。
  • 自分で捜査を始め死体を発見するが、ハンドバッグにはいつも缶に入ったアメを持っている。
  • 第六感で早々と犯人を特定し、犯人に会いに行ってしまうなど無謀な行動をとる。
  • 盗み聞きや覗き見はお手の物。
  • 自殺説を振りかざす警察を諦め、生来の詮索好きな同志を集める。
  • ビスケットとお茶を飲み、ウイスキーも嗜みながら、だんだんと信頼関係を作っていく。
  • ばあさん、おばさん取り混ぜて、トリオで推理をめぐらすうちに第二の殺人が起きる。
  • 平和な町の警察は人出が足りず、責任者である女性の巡査部長はジュディス達に協力を求める。
  • ミステリとしてはありきたりな真相だが、ジュディス一人で犯人と対峙する羽目になり、ハラハラドキドキの展開。
  • そして、ジュディスには過去に大きな秘密があるらしい。

というわけで、とても面白かった。老人探偵の場合、男性だと安楽椅子探偵で、女性だと行動派のアクション系になるようだ。

ロンドンとオックスフォードの真ん中あたりにあるマーローの町をストリートヴューで見た。素敵な町並みで、川幅は結構広く、老婦人が夜にそれも全裸で泳ぐという設定が・・・