壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ザリガニの鳴くところ ディーリア・オーエンズ

ザリガニの鳴くところ ディーリア・オーエンズ

友廣純 訳 早川書房 電子書籍

圧倒的な自然の中で暮らす一人の少女カイヤの物語。評判の本をやっと読みました。長かったけれど面白かった!

ノース・カロライナの東部に広がる湿地帯と潟湖,そしてその豊かな生態系が見事に描写されていました。動植物の形態や行動の意味,生態系における位置,進化学的知識に裏付けされた繊細な描写ですが,著者が動物学の研究者だという事で納得しました。

一番心打たれたのは,カイヤが貧困と孤独と絶望と希望に苦しむ姿です。6歳で家族に置き去りにされ湿地の自然の中で懸命に生きる少女の成長物語という印象の強い小説です。殺人事件を扱ったミステリが主眼ではないのは確かです。衝撃的であると同時に予想もしていたような最後で,謎解きというよりはカイヤという人物像を描き切るために必要なことのような気がしました。

過去と現在という時間を交互に書き分けて,それが一点に交わるまでの緊迫感は物語の推進力にはなっていますが,そういう手法はこの頃よく見かけます。時間軸を行ったり来たりするのがこの頃の流行りなのでしょうか。

アメリカでベストセラーとなり映画化もされているそうです。湿地の風景を映画でぜひ見たいと思います。グーグルマップで「Dismal Swamp」を見ましたが,広大な湿地帯です。

昔読んだ『緑の館』を思い出しました。印象はかなり違うけど,博物学者のハドソンが書いた恋愛冒険小説でした。たしかアマゾンの密林に暮らす美少女をオードリー・ヘップバーンが主演した映画があったような…,映画は見ていないな。

私の名前はルーシー・バートン  エリザベス・ストラウト

私の名前はルーシー・バートン エリザベス・ストラウト

小川高義 訳 早川書房 電子書籍

普通の暮らしの中の断片的なエピソードを拾い上げるようにして,オリーヴ・キタリッジの長い人生を浮かび上がらせた『オリーヴ・キタリッジの生活』『オリーヴ・キタリッジ、ふたたび』から考えれば,この小説の奇妙さにはさほど驚かない。

何年か前に長く入院していたルーシーのもとに疎遠だった母が見舞いにやってきた五日間の出来事がとりとめもなく語られる中で,母親との会話から貧困の中にいたルーシーの子供時代の生活が思い出される。さらに,退院後何年もたって作家として成功しているルーシーの視点もある。入院という(現在の)出来事を中心に,過去と未来の短いエピソードがランダムに現れる。

まあ,私たちの記憶なんてそれぞれのエピソードが時系列に並んでいるわけではないから,不思議はない。昔のことをふっと思い出すことがあっても,それはひどく断片的でしかない。

ルーシーと母親の会話も全部が理解できるわけでもない。よその家族同士の会話を聞いていると,何を言っているのかよくわからなくて,聞き耳を立ててしまう。「詳しく聞かせて」なんて言えないけど,ルーシーと母親との距離感は確実に伝わってくる。

読み終わって,とらえどころのない何かを感じる。これは何なんだ? 続編『何があってもおかしくない』は文庫本がでたら読もう。

自分で名付ける 松田青子

自分で名付ける 松田青子

集英社  電子書籍

妊婦さん,産婦さん,子育て中の人たちに絶賛お勧めです。

絶妙なジェンダー観で構成された短編『おばちゃんたちのいるところ』で,著者の立ち位置を好きになりました。

自分自身の事としてはすっかり忘れてしまった「妊娠・出産・子育て」ですが,今年になって娘の里帰り出産に付き合い,娘の悩みやモヤモヤの聞き役を半年勤めましたので,著者の言わんとしていることが全部腑に落ちます。

今は自宅に帰って,「ワンオペ」育児が怖いという不安感,世間から孤立しているのではという閉塞感にさいなまれているという娘に紹介したら,「響く」「救われる」というようなことを言っておりました。

 

目次張り付けておきます

【目次】

1章 「妊婦」になる

2章 「無痛分娩でお願いします」

3章 「つわり」というわけのわからないもの

4章 「理想の母親像」とゾンビたち

5章 「妊娠線」は妊娠中にいれたタトゥー

6章 「母乳」、「液体ミルク」、「マザーズバッグ」

7章 「ワンオペ」がこわい

8章 「うるさくないね、かわいいね」

9章 「ベビーカーどうですかねえ」

10章 「名前」を付ける

11章 「電車」と「料理」、どっちも好き

12章 「保護する者でございます」

声 アーナルデュル・インドリダソン

声 アーナルデュル・インドリダソン

柳沢由実子訳  創元推理文庫 電子書籍

『湿地』『緑衣の女』に続く捜査官エーレンデュルの第三作(翻訳で)。前二作はアイスランドという見知らぬ国に対する興味に引っ張られたところがあった。人口三十五万の国とか家系図と遺伝子情報が整備された国だとか。三作目ともなるとエーレンデュルと部下たち,その家族とも顔なじみになっていて読みやすかった。

クリスマスを前にして観光客で賑わう高級ホテルでドアマンがサンタクロースの扮装で刺殺されたというキャッチーな始まりだが,五日前からクリスマスイブに向けたアドベントカレンダーをめくるように,エーレンデュルの捜査は過去の事件や自身の思いに何度も立ち止まって行ったり来たりとジリジリさせられ,五日間が待ち遠しかった。

ボーイソプラノのスターであった被害者グドロイグルのと哀しい過去と家族との軋轢,現在捜査中の児童虐待事件の行方,エーレンデュルのこども時代の忘れられない過去と現在の家族関係などが重なり合って,物語は重苦しく進んでいく。意外な犯人ではあったが事件はトリッキーなものではなく,家族に対する複雑な思いがやるせない。

エヴァとやっと向き合うことができそうなエーレンデュルだが,次作でどうなるのか,次作『湖の男』を買ってあったので,忘れないうちにまたいつか読もう。

金の仔牛 佐藤亜紀

金の仔牛 佐藤亜紀

電子書籍

18世紀初頭のフランスで起きた金融バブル「ミシシッピ事件」を背景に,追剥,詐欺師,泥棒,胡散臭い貴族など怪しげな人々が繰り広げるマネーゲームだ。ミシシッピというほぼ実体のない会社の株券と,王立銀行が乱発する紙幣を売買しながら,株式市場は異様に盛り上がっていく。追剥だったアルノーは一躍大金持ちになりニコルという可愛い娘も手に入れたが,同時に命のやり取りをする羽目になる。バブルがいつはじけるのか,アルノーとニコルは勝ち逃げできるのか,手に汗握るスリリングな展開だ。

ニコルは,アルノーの危なげな仕手戦(?)を心配して裏でリスクヘッジ(?)をしていたってことでいいのかな。株を持ったことがないので金融システムのことが全く分からないけれど,スピード感のある文体にノせられて読み切ってしまった。大金を目の前にして,欲望に火が付いた人間たちの人間模様,誰が味方か敵なのか,一癖も二癖もある人たちの騙し合い,紙幣も株券もただの紙に過ぎないものがどんどん高値を付けていく不思議がわかったような気にさせられてしまう。最後の著者の「覚書」でこのバブルを意図的に煽っていた金融政策のからくりを読んだが,残念ながら理解できたわけではなかった。

かつて,佐藤亜紀さんの小説をフォローしていたはずなのに,10年間全く追いついていなかった。『黄金列車』は読んだけど,『吸血鬼』『スイングしなけりゃ意味がない』『喜べ 幸いなる魂よ』は未読。独自出版で電子書籍が安くなっているものから読もうか。

夏を殺す少女 アンドレアス・グルーバー

夏を殺す少女 アンドレアス・グルーバー

酒寄 進一 訳  創元推理文庫 電子書籍

オーストリアミステリだそうです。ほとんどの舞台はドイツ国内ですけどね。各地で起きた不審な事故死に見え隠れする少女を追うオーストリア若い女弁護士エヴェリーンと,精神病院で相次ぐ不審死を追うドイツ警察の刑事ヴァルターが出会い,過去の犯罪が明らかになるというスピード感のある展開です。

事件の動機となる過去の暗い犯罪はとても不愉快なものでした。読み始めてすぐに,この手の犯罪を予感させます。ただ,別々に進行する過去の犯罪の隠蔽と,復讐の両方が一点に収束していくあたりは読み応えがあります。二人の探偵さんたちもそれぞれに辛い過去を抱えていたのですが,事件の解決と共にその過去を乗り越えつつあるようで,それも救いとなりました。事件の題材はさておき,エンタメ系のミステリです。訳文も読みやすいのでほぼ一日で読了しました。

 

この暑い夏に『夏』とつく小説を読もうと思い立ち,デジタル図書を漁っていたら,6年も前に半額で買って積んでおいた本書を発見(?)。買ったのに忘れている本がかなりありそうです。

とにかく散歩いたしましょう 小川洋子

とにかく散歩いたしましょう 小川洋子

文春文庫 電子書籍

連日の酷暑で,日課の散歩のモチベーションが保てないのです。何か参考になるかと思ったのですが,著者の散歩は愛犬のためとか。でも愛犬を失ってからも散歩の習慣を保っているそうです。犬のいない私は散歩のモチベーションを貰えませんでしたが,読書のモチベーションをたくさん頂きました。「本の模様替え」では昔読んだ本を読み返すと予測を超える驚きに見舞われる,つまり自分の記憶が本の内容と違っているという経験は「あるある」でした。日常から軽やかに妄想に滑り込む小川さんの原点なのでしょうか。読んだ事のある本も知らない本もメモして,もっと本を読みたい。

 

でも,老眼がすすんで字の小さい文庫本が読めなくなってしまいました。図書館も遠いのでほとんど利用できなくなって,電子書籍を主に読んでいます。電子書籍のサブスク Kindle Unlimitedをいつの間にかやっていて無自覚に数か月続けていました。2冊ほど読んだのですが,それ以上読みたい本が見つかりません。コミックや雑誌が多くて,海外小説は光文社古典新訳文庫がほとんど。いったん撤退しましょう。そしてコロナ騒ぎが収まったら,老眼鏡を新しくしに行きましょう。