壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

破果   ク ビョンモ

破果   ク ビョンモ

小山内園子 訳  岩波書店 Kindle Unlimited

爪角(チョガク)という名の65歳の女性は、「防疫」という仕事を45年間続けてきた。つまり爪角は凄腕の「殺し屋」として生きてきたのだ。見かけは小柄な老女も実は筋骨たくましく、依頼されて「防疫」する相手を選ばず、つねに冷徹な感情を保っていた。そんな爪角も最近は肉体的な老化を感じるばかりか、感情のコントロールが利かなくなってきた。ある理由で同業者の若い男に闘いを挑まれ、やむを得ず死闘を繰り広げることになる。

一種のノワール小説・犯罪小説として読めないこともないが、ばあさんの読者としては、別の読み方をしてしまう。殺し屋という職業にあって、常に自分の死を考えながら生きてきた爪角は特殊な存在なのだろうか。彼女は若いうちから命と向き合っていただろうが、老齢になると爪角に限らず、皆が自分の死を考えながら生きるようになる。その中で、一人生き抜こうとする爪角の覚悟が強く感じられる。肉体的にも、社会的、経済的にも弱い立場にある女性が高齢となって、さらに無用の存在となる恐怖を、死闘の場面が象徴的に表しているような気がした。

この作家の特徴なのだろう、一つの文章が非常に長くて独特だ。読みやすい文章をあえて目指さないという事らしいが、翻訳した文章ももちろん長いが、理解しやすい日本語だった。長い文章は嫌いでないので、読みにくくはなかった。

爪角は「かっこいい」殺し屋だ。印象的なハードボイルドっぽいかっこいい高齢女性として思い出したのが、上橋菜穂子『流れ行く者』「ラフラ(賭事師)」のアズノ松崎有理『シュレーディンガーの少女』「六十五歳デス」の帚木紫だった。

爪角は他人に「お母さん」と呼ばれて、「あたしはおたくのお母さんじゃないですよ」と言い返す。韓国ではこの「お母さん」は未だに一般的なのだろう。私は最近、全くの他人に「お母さん」と呼ばれてびっくりした。都会ではもうそんな呼び方をしないだろうが、田舎はまだあるんだよね。「奥さん」というのはまだあるか。

読みたかった本が読み放題に入っていて、ありがたい。買えば3000円近くする本なので、お得感が半端ない(笑)。

韓国女流作家の作品はずいぶん翻訳されてきたが、ク ビョンモの長編は少ない。他に『四隣人の食卓』があるが、PDF形式で完全な電子化ではないのが残念。