壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

流れ行く者 上橋菜穂子

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流れ行く者 上橋菜穂子
守り人短編集 
偕成社軽装版ポッシュ 2011年 900円

 

守り人シリーズの外伝ではあるけれども、独立した短編として読んでも素晴らしい。特に『ラフラ(賭事師)』と『流れ行く者』は絶品です。読み終えたばかりの感動のため、いつもより饒舌になってしまいました。

 

『浮き籾』
十三歳のバルサにとって、十一歳のタンダはまだ幼い少年でした。でも渓流で魚獲りをしているタンダが、川に手を突っ込んで魚の隠れ家を作ってやっているのを知って、バルサは惹かれたのでしょう。あとでジグロにこの話をしているくらいです。若いとき先祖伝来の田畑を棄てて「浮き籾」のような暮らしをしていたオンザは、村八分にされて死んだ後も村に祟っていると毛嫌いされているのを、タンダだけは共感を持って眺めていました。『天と地の守り人』で、タンダは徴兵された弟の身代わりに草兵となり大怪我をしたのですが、この時いともあっさりと身代わりとなったのは、自分が「浮き籾」だと感じていたからではないでしょうか。

 

『ラフラ(賭事師)』
「ススット」という、模擬戦のようなさいころ賭博を行う酒場には、必ず専業のラフラがいて、酒場の利益を守っています。老女アズノはラフラとして五十年以上も、ある特別な相手とススットを戦い続けていました。その相手ターカヌはこの地域の高官ですが、今回は、ターカヌの孫サロームと対戦して孫を負かして賞金を受け取れとアズノに言いました。アズノは結局、銀貨を手元に残しながらも、サロームには巧妙に勝たせるという選択をするのです。この戦いをそばで見ていた十三歳のバルサにとっては、アズノの行動はいかにも不可解だったことでしょう。しかし、この年になってみればアズノの選択はわからないでもありません。この選択には諦念と矜持というアズノの人生が感じられます。それに老女のしたたかさも感じるのですが、いかがでしょうか。静かで圧倒的なラストです。

 

『流れ行く者』
ジグロとバルサが護衛として雇われた隊商には、初老の用心棒スマルがいました。用心棒としての自分の人生を蔑むような話をしては、バルサを戸惑わせていましたが、幼い息子を亡くした話をしたスマルに、バルサは親近感も持っていました。そんなスマルが隊商を裏切り、金儲けのためにバルサを殺そうとしたのです。人生の最後を、自らの手で孤独で悲惨なものにしてしまったスマルの苦しみが伝わってきます。シリーズに通底する「流れ行く者」の心情が、この話であらためてはっきりと語られています。また、ジグロのバルサに対する思いが垣間見られるシーンがいくつも用意されていて、バルサの視点で語られる以上の物語が、大人の読者には伝わってくるようです。

 

『寒のふるまい』
かわいらしいタンダが、バルサを待ちわびる思いを描いた小品です。『流れ行く者』の辛口の終わり方を、そっと和らげるための甘味でしょうか。