壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

恐怖  筒井康隆

恐怖  筒井康隆

文春文庫  電子書籍

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2001年頃の作品で,未読かと思い読み始めたが残念ながら既読だった。文化人たちが住んでいる閑静な住宅街の連続殺人事件。殺人事件の第一発見者の小説家村田勘市は相当なビビリらしく,自分が狙われているのではと妄想が妄想を呼んで半狂乱になる。

恐怖とは何かという哲学的問題を論じたり,ミステリ小説の筋を考えたりするのだが,すべては恐怖を忘れるための手段だ。殺人事件の謎解きは主眼ではなくミステリとしての面白さは少ない。

元妻としゃべる人形との掛け合いなどが面白く,テンポの良い饒舌文体で表現する恐怖と笑いが混在するドタバタは相変わらずうまい。でも若い頃のようなぶっ飛んだ展開にはならず,最後はいちおう現実の中に納まっていく。

犯罪  フェルディナント・フォン・シーラッハ

犯罪  フェルディナント・フォン・シーラッハ

酒寄進一訳  創元推理文庫  電子書籍

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現役の刑事弁護士が書いたミステリとして話題になったときに読み逃していた以来。物語の語りと筋運びが独特で,事実を淡々と報告しているように見えるが,罪を犯した,いや犯さざるを得なかった被告人たちの人物像が哀しみを伴いながら生き生きと描かれている。引き込まれて読み,感動をもって読み終えた。ドイツは多民族が暮らす複雑な社会だと強く感じた。難民や移民たちやそれを排斥するネオナチたちといった社会の歪みの中で起きる犯罪をシーラッハは克明に描いている。弱者たちの犯罪がどのように裁かれたのか,安堵を覚えるような物語もある。他の作品もぜひ読みたい。

 

新婚旅行先で一生を誓った妻を捨てられなかった「フェーナー氏」

強盗に入った先で「タナタ氏の茶碗」を盗んだ男たちの結末

「チェロ」の名手だったテレーザとその家族の悲劇

レバノン人の犯罪一家の末っ子が兄たちをかばおうとするハリネズミ

東欧の内戦を逃れてきたイリーナとホームレスの恋人の愛は「幸運」だといっていいのか

難民キャンプで生まれたアッバスは恋人を手にかけたのか,防犯ビデオのサマータイム

ネオナチの男二人に絡まれて行った「正当防衛」が鮮やかすぎる

羊殺しがやめられないフィリップの「緑」とは

博物館で20年以上同じ彫刻を見続けなければならなかった男の「棘」

大学生のパトリックがニコルに切りつけた理由は「愛情」

捨て子として厳しい人生を生きたエチオピアの男」の善行と銀行強盗

じじばばのるつぼ  群ようこ

じじばばのるつぼ  群ようこ 

新潮社  図書館本

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還暦を過ぎもう少しで高齢者の仲間入りをするという筆者が,自戒を込めて,街中の老人たちの困った生態を描く爆笑エッセイらしい。笑えなかったのは,私が70の老人だからなのだろう。たしかに迷惑行為をする老人たちを目にすることはある。自分が老人なのに,「困った年寄りだなあ」と腹を立てることもある。高齢者だから,弱者だから,社会のルールを破っても許されるだろうと思っている老人たちもいるだろう。古い価値観に縛られたままで若い人たちを敵視する老人もいるだろう。老人たちの数か増えて幅を利かせていることに老人たち自身が気付かなければならない。私も充分に注意していこう。社会のルールからいつの間にか逸脱しているかもしれないのだ。

それにしても,本書で筆者のいう「じじばば」という括りは,優しくない。「じじばば」たちの迷惑行為をひたすら詳細に描写するのみで,同じ人間としての目線に欠けているのだ。若い頃から迷惑行為をする者は別としても,歳をとるにつれ老化現象で前頭葉の働きが悪くなって理性的,客観的に判断することができなくなるだろう。 身だしなみが不潔なのは寂しさから来るセルフネグレクトもあるかもしれない。筆者もそういうことはわかっている上で,老人たちの生態を面白おかしく書いているのだとは思う。でも,生老病死の苦しみを持つ同じ人間としての寛容さが感じられなかった。

コロナによって分断された社会では,他者に対する寛容さがどんどん少なくなっていく。近ごろはニュースを見るのも辛くてたまらないので,読書をする時間が増えた。でもときどき読後感のよくない本に出合ってしまう。それもまたしょうがないことではある。

恥ずかしい料理  梶谷いこ

恥ずかしい料理  梶谷いこ 

平野愛 写真  誠光社  図書館本

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吉本ばななの『キッチン』に自己流の料理とプロの料理はどこが違うのかという話が出てきて,料理の本を探していてこの本に行き当たった。元祖「恥ずかしい料理」といえば美味しんぼだけど,ああいう貧乏飯とはちょっと違う,いや違わないのか? よくわからない…

でも,いつも作っている料理には,作る人の人生観が反映されているという事がよくわかる面白いコンセプトの本です。そして,普段の料理をよそ行きの写真の取り方をすると,こんなに美しいんだな。

はじめに

「ほんまに恥ずかしいわ。ウチなんか、なんも撮るもんないで」

奥ゆかしくも、口を揃えるようにしてそう言い張る皆さんのお宅に上がり込み、「恥ずかしい料理」について根掘り葉掘りお伺いすることをスタートさせたのは、ちょうど“コロナ禍”の種火が燻りはじめた頃

そこには、マスメディアやインターネットを探してもどこにもないぬくもりとおかしさ、そして驚きと新鮮さがありました

飾らない、映えない、盛れない、とてもじゃないけど外に出せない。

他の誰でもない、自分や家族のためだけにある料理の数々―

声を大にしなくても、本当のゆたかさが、どうしようもなくここにある

珠玉の「恥ずかしい料理」を、愛と笑いを込めて

飾らない、映えない、盛れない、っていつも作っている料理ね。簡単にできておいしくて,自分としては満足だけど,他人にお見せするような料理ではない,こっそりブログに載せるやつだ。

ここにある7つの料理のうち,似たようなものを作っているのが4つ,「これは作れないわ」というのが2つ,作ってみたいのが1つ。

01 実家のそうめん 辛そうめん ♪今夏はそうめんを韓国風のピリ辛だれで食べた

02 変身する煮物 こんころ煮  ♪リメイクは通常業務 ポトフ→トマト味,→ごま豆乳味 →カレー味

03 審美眼の穴 肉だんご  ♪家族がいたころわが家では鶏むね肉をミンチにして大量の肉だんごを作った時期があった。

04 調和の味 アオリイカの沖漬け  ♪これは作れないわ アオリイカ釣ってるし…

05 出せない季節料理 しぐれ鍋   ♪作れそうだけど,やはりこれは作れないわ。低予算ではこんなにだし昆布使えない…

06 夢を叶えるめし 納豆たまごオクラ鶏肉混ぜ ♪生卵が苦手なもんで…。でも納豆キムチオクラトリハム載せ蕎麦は好き。

07 朝食の最適解 きゅうりトースト  ♪作って食べてみたい。 宮本輝の『水のかたち』に胡瓜のトーストサンドイッチがさんざん出てきて,おいしそうだった。主人公の女性が塩をしたきゅうりの水を絞るのに力の強い夫を頼っていたので,今までなんとなくあきらめていた。

キッチン  吉本ばなな

キッチン  吉本ばなな

幻冬舎  電子書籍

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30年以上前の作品を初めて読みました。時代を超えて読まれている作品だという事がよくわかります。大切な人を失った時の気持ちと,それが少しずつ癒されていく過程には,個人的な体験としては人それぞれだけれど,万人に共通するような「何か」があるのです。その「何か」が美しくわかりやすく平易な文章で描かれていて,さらに不思議な世界に連れていかれるようで,とても癒されました。両親と祖父母を失い寄る辺ない寂しさを抱えたみかげが田辺家の親子に癒され,続編では親を亡くした雄一の寂しさの寄る辺になっていくさまに元気を頂きました。

キッチンはみかげが安らげる場所として書かれています。私も台所でせっせと働くときには,夢中になっていろいろ忘れることができるし,自分が癒されていくのがわかります。台所は女の城とかそういう意味ではなく,夢中になって楽しめる所という意味でしょうか。亡き人との思い出も詰まっているし,特別ではない日常の繰り返しの行為が癒しになるのでしょう。

この本には3作品が入っています。

「キッチン」 桜井みかげが祖母を亡くして田辺家に迎えられて,さらに独立するまで

「満月―キッチン2」母親を亡くした田辺雄一の哀しみをみかげが受け止めようとする

「ムーンライト・シャドウ」 キッチンとは異なる話です。恋人を亡くしたさつきと,兄と恋人を亡くした柊との交流を描くファンタジーのような話

「満月」でみかげが雄一に届けるカツ丼のエピソードが素敵で,夜中にカツ丼が食べたくなりました。「飯テロ」っていうやつですね。高齢者は夜中にはカツ丼は食べませんが,翌朝の朝食に,カツを揚げてカツ丼を作って食べました。

マン島の黄金  アガサ・クリスティー

マン島の黄金  アガサ・クリスティー

中村妙子 他 訳 ハヤカワ クリスティー文庫 電子書籍

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未読のクリスティ作品を拾って読んでいるつもりですが,ドラマで見たのもあって,どれが既読なのか自分でも不明です。この短編集は,単行本に収められなかった短編を集めたものという事で,寄せ集めという感じですが,出版年から考えて未読のようでした。12の作品の中にはミステリではない心理ドラマや怪奇風のものもあります。心理ドラマの「崖っぷち」と「クィン氏のティー・セット」が好みでした。クリスティが醒めた目で描く女性心理には迫力があります。 メアリ・ウェストマコット名義の作品は死ぬまでにコンプリートしたいと思っています。

 

夢の家 幻想と怪奇のラブストーリー 

名演技  女優が強請から逃れるトリック

崖っぷち ライバルの女を困らせるための意地悪。「人を呪わば穴二つ」でなくてもよかったのに。あとがきによればクリスティ失踪事件の直前に書かれたものだとか。

クリスマスの冒険 これは「ポアロ」のドラマでも見た。本場のクリスマスプディングを食べてみたい。

孤独な神さま 「ムズキュン」の恋物語。だからハッピーエンド。

マン島の黄金 クリスティがプロデュースしたミステリツアーの小説。こんな企画も引き受けたのね。

壁の中 無意識の三角関係が進行する。終わり方があいまいですし,どういう終わり方がいいか判断できません。

バグダッド大櫃の謎 これも「ポアロ」のドラマで見ました。三角関係が犯人のトリックに使われています。

光が消えぬかぎり これも三角関係と幽霊?

クィン氏のティー・セット 『謎のクィン氏』が姿を消してから何年になるのでしょう。クィン氏に再会できて,サタースウェイトと同じように,私もうれしい。殺人を未然に防ぐという結末でよかったわ。

木蓮の花 これも三角関係で結構ドロドロです。2人の男を両方とも裏切る女は身勝手だと思うけど。

愛犬の死 「犬を飼っている未亡人の明日をも知れぬ貧困が愛犬の死をもって解決」みたいに皮肉な感じにまとめるのはよくないわ。

鹿の王 水底の橋 上橋菜穂子

鹿の王 水底の橋 上橋菜穂子

角川文庫  電子書籍

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鹿の王の上下巻を読んだのは,読書メーターの記録によればもう6年以上前でした。内容をすっかり忘れていました。読書メーターにしか記録していませんでした。

それによれば,

「ファンタジーというより、重厚な歴史小説を読んでいるような気がする。征服民と被征服民の複雑な緊張関係がベースとなって、さらにエピデミックが歴史を動かしていく有様が迫力を増す。黒狼病はコントロール出来るのか?ヴァンとユナの運命は?ホッサルとはどこで出会うのだろうか? ・・・・・早く下巻を貸して!!・・・・」

「下巻になってから更に強調されている医学ミステリ、エマージング・ウイルス、バイオテロのようなエピソードについ気を取られてしまいがちだが、この地球に棲む生命の物語として捉える事でもっと大きな物語が見えてくるようだ。読み終わる頃になってやっと、この異世界の地図と登場人物の相関が頭の中で整理されたが、もう歳なので地図や相関図を描いたりはしないな。」  ←描いたりしとけよ!自分    

前作の電子書籍に試し読み部分を読んだりしたが,あまり思い出せない。でも,本作はヴァンとユナたちの話ではなかったので,忘れていても問題ありませんでした。

 

身分違いの恋人であるホッサルとミラルの関係は,最後にやっと進展した。本筋は「医術」を取り巻く「政治」「文化」「宗教」「科学」であり,ファンタジー要素の少ない物語になっている。医術の部分が現代医学に矛盾の無いように書かれているので,医療行為とは何なのか,医療はどこまで踏み込むべきなのかというような現代的な問題を提起している。しかし,物語がおもしろくないわけではない。圧倒的な筆致により,ホッサルたちが政争に巻き込まれてどうなっていくのか一気に読み切った。異なる文化をつなぐのが,目に見えない水底の橋なのだろう。

 

アチルがアセチルサリチル酸? トツ(土毒)がボツリヌス? 香枝ノ病が血友病? 抗毒素とか血清とか,平仄が合いすぎていて,きっとオタワル医療の祖先に現代からタイムスリップした医者がいたんだな(笑)。

コロナの時代になって,それ以前には「遺伝子操作」を嫌った人たちも,何だか知らない間に遺伝子組み換えで作られたワクチンを打ち,遺伝子操作されハイブリドーマで作られたモノクロナール抗体のカクテルとかで治療されているのよ。この先,医療はどこまで神の領域に踏み込んでいくんだろうね。