壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

灰色の季節をこえて ジェラルディン・ブルックス

灰色の季節をこえて ジェラルディン・ブルックス

高山真由美 訳 武田ランダムハウズジャパン

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1665年にロンドンから飛び火したペストが小さな村を襲った。語り手は18歳のシングルマザー,アンナ。幼い息子二人がなくなり,隣人や友人が次々にたおれた。村の外の協力者からの支援を受けて,ペストを広げないために村の牧師夫妻は村を封鎖した。厳しい状況の中で助け合いもたくさんあったが,逃げ出す者たち,魔女狩り,迷信で儲けようとする者。絶望と混乱の中で今にも崩れそうになりながら,友人でもある牧師夫人のエリノアに助けられ,幾度となく立ち直ってアンナは聡明にたくましく,未来を切り開いていく。

 

冒頭の章で,語り手のアンナがこのペスト禍を生き延びたことはわかっていたので余計な心配をせずに読み進むことができたのですが,繊細で緻密な描写によってアンナの喜びや悲しみ,恐怖や怒りが十分に伝わってきます。

 

ジェラルディン・ブルックス『マーチ家の父』,『古書の来歴』を読んだことがあります。その時点ではまだ未翻訳だった『Year of Wonder :A Novel of the Plague』が本書です。17世紀にペストで自らを封鎖した実在した村が題材になっているそうです。

 

20年以上前にダニエル デフォーの『ロンドン・ペストの恐怖』(抄訳)を読んだことがありました(あら,新訳が出ている)。そこで語られたのは1665前後のロンドンでのペストの記録です。語り手の性別,都市と農村との違いはあっても,人間の行動はいつでもどこでもそんなに違わないのです。コロナ禍の現在にも当てはまることばかりです。

 

疫病の原因も定かでない17世紀では,死に至る疫病の中での救いは宗教しかなかったでしょう。しかし宗教(や聖職者)を盲信するだけでは解決にはなりません。現代の疫病における救いは科学なのでしょうが,やはり科学(や科学者や専門家)だけを盲信するのは危ういのではないかとも感じます。確かな理性と他者に対する思いやりこそが,疫病に対する人類の武器なのだと思います。

 

ネタばれですが,

ペストが終息した後にある事情で村を離れ,逃亡の末に最後はオラン(現アルジェリア)にたどり着くアンナ。そこで,新たに医学をまなび第二の人生をはじめるのです。急展開のエピローグにびっくりしましたが,オランといえば,あのカミュの『ペスト』じゃないですか! まさかそこに繋がるとは…。