壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

口笛の上手な白雪姫 小川洋子

口笛の上手な白雪姫 小川洋子

幻冬舎 電子書籍 

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日常の中にひそむ違和感がどんどんふくらんで,読者の妄想をかきたてる小川さんの短編集。自分の妄想を引き出してくれるのがなぜだか心地よいのです。

この短編集は,期間限定で70%オフ! 即ポチリました。スーパーでの買い物ついでに半額ワゴンを漁り,必要な品をチェックするのが習慣で,70%オフの激安品は賞味期限が迫っているので注意しています。この本に賞味期限があるのかどうかは不明ですが,積読して忘れてしまわないように,さっさと食べて,読書妄想文書きます。

 

「先回りローバ」

吃音を持つ少年は,目の前に現れた不思議な老婆とだけは気楽に会話ができることに気づく。どうも本当の誕生日と戸籍の生年月日が異なるという事実が原因らしい。老婆が本当の誕生日を祝ってくれた時,少年に転機が訪れるという,不思議だけれどいい話なのですが…

私にはこの時,この先回りローバのイメージが「マットン婆さん」に重なってしまったのです。「マットン婆さん」というのは,先週のNHK朝ドラ「おちょやん」で「ほっしゃん」が演じる喜劇役者の千之助が劇中劇で演じるおばあさんの事です。腰の曲がった丸い背中で丁寧な言葉遣いなのに相当に強烈なキャラで,頭の中から出て行ってくれません。しょうがないので,そのイメージのまま読み終わりましたが,なんか違う…。

 

「亡き王女のための刺繍」

子供服専門の仕立て屋のお針子のりこさんは刺繍がとっても上手。子供のころからの付き合いだ。そのやりとりの中で,儚い少女時代の思い出がよみがえってくる…

儚い少女時代は私にもあったような,かすかな記憶をたどってみると,白いブラウスの袖口と襟にあった小さな刺繍や,そうそう,ピアノの発表会のオーガンジーのドレス…あまりに大昔なのでもう懐かしいという気持ちにもなれませんが,ラヴェルの曲だけは頭の中に鳴り響いています。

 

「かわいそうなこと」

自分が「かわいそう」と思うことをノートに書き留める少年。シロナガスクジラは大きすぎてかわいそう,ツチブタは進化的な祖先が不明でかわいそう,雑誌の写真の中で一人だけ,名前を書かれていないひと,お兄ちゃんの野球チームで一人足を引っ張るライトの子。だんだん書いていくうちに,生きにくさを感じる自分自身がみえてくる。

残念な生物図鑑という本があるそうですが,進化の過程で最適な形であったはずなのに,その場所では最適でも,場所や環境が変わればちょっと残念になってしまう。自分ではどうしようもない生きにくさや世の中の理不尽さってどうしたらいいんでしょうか。

 

「一つの歌を分け合う」

ミュージカル「レ・ミゼラブル」を,11年前にも同じ劇場で同じ演目を見た。息子を亡くした叔母さんの付き添いで高校生の頃に見たのだが,叔母さんは息子がミュージカルの主役であると信じ込んでいた。ミュージカルの感動的な舞台をみて,叔母は息子を失って以来流せなかった涙を流していた。

一つの歌を分け合うというのは,どういう意味なのでしょうか。作品を見て(読んで)感動して涙する時,観客や読者はそれぞれ自分の内なる物語に涙しているのではないでしょうか。でも皆同じ作品で感動しているのです。そういう意味で一つの歌を分けあっているのではないかと思えるのです。そして…

なんと!!! 偶然にもジャンバルジャンが冒頭で歌う「独白」を二日前にNHKあさイチで吉原光夫さんの歌で聞いたばかりでした。番組の中の短い時間で歌っただけなのに,圧倒的な歌声にゾクゾクしました。舞台で見たら感動するんだろうなあと納得。

この本の賞味期限ってここにあったのかしら!?

 

「乳歯」

外国で両親とはぐれてしまった男の子が聖堂で古いレリーフを見た。乳歯が生え変わるころのまだ幼い子だけれど,確かな描写でこんな深い所まで理解ができるのかと思える。

我が子が迷子になってしまった母親の取り乱した様子,我が子を失うかもしれないという恐怖のほうに共感してしまいました。子供を失いそうになる夢を昔は何度も見ました。今はもう見ないけど。

 

「仮名の作家」

ある作家の熱烈なファンの受付嬢。作品を全部暗唱し,トークイベントでは無茶ぶりな質問をする。ストーカーめいたファンなのか本人はもう夢中。

本屋で新刊を大量購入して色々なところに配ったりしているので、今でいう「推し」? トークイベントを邪魔するくらいでそんなに実害がなさそうだけど,これ以上エスカレートするのは怖いです。S・キングの「ミザリー」を思い出しました。あれは,キングの中でも最恐小説のひとつです。

 

盲腸線の秘密」

赤字で廃線の危機にある盲腸線を守るべく,曽祖父は幼いひ孫を連れて毎日電車で往復する。曽祖父が設定したミッションに従って,二人共真剣なのだ。他所の畑に侵入したり勝手にウサギに餌をやったりとちょっと行き過ぎてしまう。

この子のママが弟を生んで,曽祖父は亡くなり,曽祖父との思い出とともに少年は少し成長したのでしょう。この二人の妄想でもう充分です。

 

「口笛の上手な白雪姫」

銭湯にいる小母さんを,赤ん坊を連れた母親たちは頼りにしている。我が子を小母さんに預けて、自分たちはゆっくり入浴できる。小母さんは「白雪姫」に出てくるような小屋に住んでいて,赤ん坊たちにだけ聞こえる口笛を上手にふく。

家に内風呂がなく赤ん坊のころ,銭湯に通っていたらしいですが,もちろん小母さんのことは知りません。私は作者の妄想についていくだけで精一杯です。巻末の解説に偉い宗教家が詳しい妄想(大変失礼しました,思想です)を書いておられますので是非そちらを。