壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

古書の来歴 ジェラルディン ブルックス

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古書の来歴 ジェラルディン ブルックス
森嶋マリ訳 ランダムハウス講談社 2010年 2300円

史実をエッセンスにフィクションを再構成した『マーチ家の父』が面白かったので、ラルディン・ブルックスの三作目の小説(邦訳としては最初)を読みました。美しい細密画で彩られた『サラエボ・ハガダー』というヘブライ語の実在の稀覯本を材にした歴史ミステリです。

1996年、古書鑑定家のハンナはサラエボで、行方の知れなかったハガダーを手にしました。国立博物館イスラム系主任学芸員が戦火から救ったのでした。鑑定をしたハンナはハガダーの羊皮紙の間から、蝶の羽のかけら、留め金の痕跡、ワインの染み、塩の結晶、白い毛を見つけました。最新の科学的分析から、彼女は五百年も前に作られた古書の来歴について想像をふくらませます。しかし、ハガダーの歴史を遡る特権は、本書の読者のみに与えられ、私たちはその秘密を知るよろこびを味わうことになります。

1940年サラエボで、1894年ウィーンで、1609年ヴェネチアで、1492年スペインのタラゴナで、1480年セビリアで、このハガダーに関わった人々の物語によって、ユダヤ人迫害と放浪の歴史、異端審問による焚書の歴史とともに、ユダヤ教イスラム教、キリスト教の宥和と共存の歴史も明らかになります。このハガダーは、La Convivenciaとよばれる時代(ユダヤ教イスラム教、キリスト教の共存の時代)の終わりごろのスペインで作られたからこそ、ユダヤ人のために、キリスト教的な画風で、ムーア人女性によってイランの細密画の筆で描かれるという僥倖のような組み合わせが生まれたのでした。

宗教の宥和というテーマはリュドミラ・ウリツカヤ『通訳ダニエル・シュタイン』を思い出させました。全体の構成も良く現代のハンナの物語も読み応えがありました。最終章のハンナの、ミッション・インポシブル風の活躍場面は、最初、えっ!と思ったのですが、500年の時を越えて真実が明らかにされる場面はなかなかに感動的でした。

ジェラルディン ブルックスには第一作『Year of Wonder :A Novel of the Plague』があるそうで、是非読みたい。邦訳が待たれます。