壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ナツメグの味

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ナツメグの味 ジョン・コリア  垂野 創一郎 他 訳 
河出書房新社 KAWADE MYSTERY 2007年 2000円

 

ナツメグの和名はニクズク。子どもの頃に読んだ「二人のロッテ」で、ルイーゼが母親のキッチンで料理をする場面に出てきた“ニクズク”が印象的でした。ずいぶんたってから、ナツメグのことだと知り、ナツメグもメースもお気に入りの香辛料になりました。

 

ジョン・コリアの名前はどこかで聞いたことはあるけれど、一冊の本として読んだ事はないはず。きっとアンソロジーの中にあったのだろうと思って、図書館の新刊コーナーからさらうように借りてきた中の一冊です。昔「奇妙な味」が流行った時期があったけれど今再流行のようで、再録された短編集です。読んだ事はないけれど懐かしい。

 

ナツメグの味』・・カクテルに入れるのは一つまみのナツメグ。メースではダメなのに・・
『特別配達』・・マネキンに恋すると・・
『異説アメリカの悲劇』・・若者はすべての歯を抜いて・・
『魔女の金』・・小切手を知らない人々は・・
『猛禽』・・あの屋敷が未だに空き家なのは・・
『だから、ビールジーなんていないんだ』・・小さなサイモンの言う事を信じないばかりに・・
『宵待草』・・夜の百貨店に棲みついたものたちは・・
『夜だ! 青春だ! パリだ! 見ろ、月も出てる!』・・大きな黒い旅行鞄の中に・・
『遅すぎた来訪』・・目に見えない同居人が・・
『葦毛の馬の美女』・・アイルランドの領土気取りの青年は・・
『壜詰めパーティ』・・瓶詰め魔神を購入したならば・・
『頼みの綱』・・ロープ奇術の種明かしを知った時には・・

 

洒脱で、それでいて背筋がほんの少しだけ寒くなるけれど、かすかな黒い笑い声も聴こえる、そんな作品です。怪奇とかホラーではなくて、やはり奇妙な味ですね。でも、結構ブラックなのに後味があまり奇妙でないのは、因果応報的なオチだからでしょうか。コリアらしい最盛期の作品。

 

『悪魔に憑かれたアンジェラ』・・本当に悪魔?
『地獄行き途中下車』・・悪魔をだませる?
『魔王とジョージとロージー』・・悪魔になる?

 

悪魔と張り合った結果ハッピーエンドを迎える、軽妙でホラー要素のない初期の作品です。

 

『ひめやかに甲虫は歩む』・・悠揚迫らぬ態度の老人は懲りもせずに次の・・
『船から落ちた男』・・大海蛇を探す航海に出た男二人は懲りもせずに次の・・

 

ゆっくりと巧みな語り口で進行する物語はかすかな皮肉に彩られ、余韻を残す後期の作品です。

 

訳者によるあとがきを読んで、ジョン・コリアの名前をどこで聞いたのかがやっとわかりました。西脇順三郎の生涯を描いた寂しい声に、この詩人との交流が描かれていました。画論や詩論を戦わせ、留学のために渡英した西脇に大学なんか行かなくていいとそそのかした人物でした。