壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

東方綺譚

イメージ 1

東方綺譚 マルグリット・ユルスナール
ユルスナールセレクション4 より
多田智満子訳 白水社 2001年 3400円

ユルスナールのとらえる東方(オリエント)も多くの西洋人のように、バルカン半島からインド、中国、日本まで大まかに括られていますが、地域にまつわる物語の雰囲気はそれぞれに特徴的で、エキゾティシズムを感じます。同時に、古典や東方を語る事によって、現代や西方に向けられたユルスナールの醒めた眼差しも感じるのです。他の作品にくらべずいぶんと読みやすい短編なので、ユルスナールはこの作品から読めばよかったかなと思いました。

「老絵師の行方」
汪沸という老絵師が書いた美しい絵に囲まれて育てられた中国の若き皇帝は、即位後に現実の帝国を見て失望し、汪沸に罰を与えようとする。その前に下書きのままの絵を完成させる事を命ずるのだが、老絵師は描くうちにその絵の中に入っていき、二度と戻る事はなかった。美しい文章で、“蒼い翡翠の海”に吸い込まれそうになります。

「マルコの微笑」
セルビアの英雄マルコ・クラリエヴィッチを題材にした物語。「イリアス」の中の英雄アキレウスの怒りと比べる最後のひと言が効いている。

「死者の乳」
生まれたばかりのわが子を残し、生贄にならざるを得なかったアルバニアの少女は死後もわが子に乳を与え続ける。

「源氏の君の最後の恋」
源氏物語の失われた章“雲隠”をユルスナール風に再現した物語で、光源氏の死の床での回想はすべて昔の女の事。花散里のことなど日本人が読むと多少違和感がありますが、それがかえってエキゾチックかな。

「ネーレイデスに恋した男」
海のニンフ、官能的なネーレイデスに魅せられたギリシャの男は、幻想の中に棲むが、現実には言葉を失い物乞いとなった。
 
「燕の聖母」
偏狭な修道士テラピオンはギリシャの地でニンフたちを追いつめて滅ぼそうとするのを、聖母が現れてニンフたちを助ける。

寡婦アフロディシア」
老司祭の妻アフロディシアは、アウトローであるコスティスを愛し、彼が村人たちによって斬殺された後も、その遺体にさえ深い情念を向ける。

「斬首されたカーリ女神」
かつてインドラの天空の玉座にあって、完全でありながらおのれの完全性を知らなかった女神カーリは、嫉妬ゆえに神々に斬首され頭を娼婦の体に挿げ替えられて神聖と汚濁の両面を持つ存在となる。

コルネリウス・ベルクの悲しみ」
かつて東方を旅した画家コルネリウスは、レンブラントの弟子であったが、今はもう老いて絵を描くこともかなわず、美しい世界の中に人間の醜さを見て、厭世的になっている。