壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

流れる水のように

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流れる水のように マルグリット・ユルスナール
ユルスナールセレクション4 より
岩崎力 訳 白水社 2001年 3400円

三つの中篇よりなり、読者は何もいえなくなるくらいの作者自身の長い解説が付いています。流れる水のように生きた者たちの物語です。

「姉アンナ」
16世紀中ごろのナポリで、イスパニアの司令官ドン・アルバロを父に持ち、ウルビーノの貴族の末裔であるヴァレンチーナを母として、アンナとミゲルの姉弟は生まれ、母ヴァレンチーナにキケロセネカの手ほどきを受けて育ちました。カラーブリアの領地はマラリアが猖獗を極める沼沢地で、母はマラリアで亡くなり、その時からアンナとミゲルの関係は変容していきます。反宗教改革のさなか、カトリックの下です。

禁忌の関係にさいなまれ、ミゲルは死を求めてガレー船に乗り、海賊との戦いで命を落としました。一人息子を失って絶望し娘を恨む父と共に、アンナは父の赴任地フランドルに赴き、そこでフランス人との政略結婚をあまんじて受け入れました。スペインの無敵艦隊が敗れた直後のことでした。アンナは宗門に入ることはせずに、しかし心はナポリのミゲルに残したままに、異国で生涯を終えました。

ユルスナールの表現したかったものは、生涯を描いた物語ではなく、アンナの純粋にして高貴な心と激しい情念や内面の葛藤なのでしょう。自分の心を閉ざし諦念を持って生涯を終えるのですが、心の奥深くに燃え続ける炎が最後まで消える事はありませんでした。アンナの心の襞をなぞるように書かれたユルスナールらしい作品です。

「無名の男」
恋人と自分を襲った男を殺してしまい、逃亡して長く船でまた異国の地で暮らしたナタナエルは、子どもの頃少しラテン語を習ったことがあったものの、あとは至って無学でした。男が死んではいなかったことが分かった後も、自分の痕跡を消すように生まれた土地を離れました。

印刷所の校正をしながら古典を読むこともありましたが深く踏み込む事もなく、無垢な魂のままに運命に翻弄され肺を病んで、フリースラントの小島で一人最後の時を迎えます。澄んだ目で世界を捉えた者の物語です。彼の孤独な死の場面は、何かしらの爽快ささえ感じさせるものでした。

「美しい朝」
ナタナエル(無名の男)の息子かもしれないラザール少年は、役者としての才能を買われて、旅芸人の一座とともに、ある雨もよいの朝、アムステルダムを出奔します。その前夜にラザールは夢の中で、自分の人生すべてと、その中でありとあらゆる役を演じている姿を全部見てしまったのです。飲みすぎてつぶれてしまった御者を置き去りにして、死神を演じた役者が白いシーツを被って一座の馬車を駆るのですが、それが象徴しているものは死なのでしょうか。