物語の舞台となる時代や世界の状況が分からなくても、その「感覚」が何なのか説明がなくても、冒頭から物語に引き込まれてしまいました。余分な言葉をそぎ落としたそっけない文章だからこそ、イメージが次々わきあがるのです。漢字が多い分読む速度が稼げますし、なんとなくユルスナールのような文章(訳文ですが)なのですが、かといって難解なところはまったくないので、一気に読んでしまいました。
“第一次大戦直前のウィーンで超能力者が歴史の裏舞台でスパイとして使われるという状況の中での少年ジェルジュの成長物語”なのですが、こんな風にまとめると全く面白くなさそうに聞こえてしまいます。読めばわかるこの面白さ、というしかありません。ロシアとオーストリアという2つの帝国の終焉という時代の雰囲気も、東欧という土地の呪縛も、少年の成長ぶりも、事実の積み上げによって理解に至るので、自由なイメージで純粋に物語を楽しむ事ができます。
読んでいる間は夢中で何も考えなかったけれど、読者として勝手に描いたイメージが佐藤亜紀さんの意図したものと重なるのかどうか、それ程外れてはいないと思いたいですね。今までに自分が読んできた物語、蓄積してきた知識が問われているような気がしてきました。貧弱なイメージを語ると自分の頭の中身がばれそうです。超「感覚」の記述については火田七瀬の場合と似たところがあるのだけれども、“体が裏返る”ような凄さはジェルジュのほうがずっと迫力がある、なんていう程度の知識なので。