壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

シマウマの縞 蝶の模様

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シマウマの縞 蝶の模様  エボデボ革命が解き明かす生物デザインの起源 ショーン・B・キャロル
Endless Forms Most Beautiful: The New Science of Evo Devo and The Making of the Animal Kingdom Sean B. Carroll
渡辺 政隆/経塚 淳子 訳 光文社 2007年 2300円

ホックス遺伝子と生物の形態や模様について知りたくて擬態色素の話を読んできましたが、図書館の新着図書コーナーで見つけたこの本で生物の形がどのように形成されるのかを少し知る事ができました。 エボデボ(Evolutionary Developmental Biology進化発生生物学)という最近の流行り物が解説されていて、興味深いものでした。著者はSJグールドに触発されてこの分野に進んだということで、故グールドのよき後継者みたいです。

40年近くも前に習った動物発生のしくみは、“受精卵という丸い形の細胞を粘土細工のように練り上げてあちらをへこませこちらを伸ばして、ほらイモリになりました”というような説明のように思えて興味がわきませんでした。当時は、分子生物学が一つの遺伝子が変異すると色が変ることを説明できても、なぜ昆虫の肢は三対で蜘蛛は四対なのかを説明できそうもありませんでした。

しかし最近20年にこの分野が飛躍的に進歩して、生物の形態の進化と多様性を、ある程度統一的に説明できるようになったそうです。読んでいるうちは大雑把にわかったような気がしましたが、具体的な事例から積み上げた知識ではないので、読み終わってみると理解には程遠いようです。もっと詳しい本を読むべきなのでしょう。(キャロル共著の「DNAから解き明かされる形づくりと進化の不思議」(2003)5000円洋土社は図書館にない。)


以下は些末的メモ

(1、2章)動物の体はモジュール構造の反復からなり、ネズミの前肢とヒトの腕は相同だが、ネズミの前肢と後肢は連続相同器官である。ザリガニのたくさんの付属肢も連続相同器官で、このようなモジュール器官が反復し、数と形状が変化して動物の体全体が作り上げられている。ショウジョウバエのホメオティック突然変異では頭の触角の代わりに脚が生えたものは、たった一つの遺伝子の変異が原因である事が分かった。その原因遺伝子はホックス遺伝子(群)で、他の遺伝子のスイッチを入れるタンパク質をコードしている。触角と脚は連続相同器官であり、スイッチの入り方で別の場所に脚ができる。

(3章)ハエのホックス遺伝子群はホメオボックスという共通の配列をもち、タンパク質のレベルではホメオドメインと呼ばれるDNA結合領域に相当する。その後ホメオボックスは高度に保存された形で動物全体に見つかった。ハエにはHoxc群の8個のホックス遺伝子があるのみだが、マウスにはHoxa~d4群の多数の遺伝子が見つかっているが、遺伝子群内での配列もハエとの相同性が高く、発現する体の部位の順序と対応している。さらにホックス遺伝子や眼の形成に関与するパックス6や付属肢の形成に関わるディスタルレルなどののマスター遺伝子群の転写因子や、ヘッジホッグなどのシグナル伝達因子など形態形成に関わる遺伝子はツールキット遺伝子といわれる。ツールキット遺伝子は多様な生物間に共通で、古いタイプの遺伝子が進化の過程で使い回されている。ツールキットが共通なのに生物が大きな多様性を持つのはなぜかは、4,5章にある。ツールキット遺伝子の定義がよくわからない。例えばハエの脚という形態を作る時にカスケード状に働くすべての遺伝子のセットを含むのだろうか? それとも上流のマスター遺伝子のことなのか?

(4章)胚発生の地図は、分子生物学的手法によって染め分ける事ができる。ハエの場合、胚の東西の軸(前後軸?)に縞模様ができている口絵の写真は、細胞が数えられるくらいはっきりしていてきれいだが、なぜ色で塗り分けられるのか素人には分かりにくい。発現している遺伝子についての説明は省略されているが、遺伝子の名前を知っても煩雑なだけなのだろう。東西の軸に沿って次々と遺伝子が縞模様のように発現し、体節ができる。また南北の軸(背腹軸?)が決定される。その経度緯度に沿ってツールキット遺伝子のスイッチが入ることで、器官や付属肢が生じ、体節ごとのモジュールはホックス遺伝子の働き方によって多様化する。
脊椎動物の場合も体軸と胚葉が形成されることは無脊椎の場合と大筋で変らない。脊椎動物に特徴的な神経管の形成と脳の細分化(前脳、間脳、終脳とそれに続くロンボメアへの分割)をするのもツールキット遺伝子群である。体節形成はホックス遺伝子が時間差で発現する事で次々に起きる。体節形成が時計のような正確さで進行するのは、何が振動子なのだろうか?
ニワトリの肢が形成される話も面白い。頚椎と胸椎の間にできる前肢(後の翼)の肢芽は、もっとも前側を決めるソニックヘッジホッグなど、三次元的な軸を決める遺伝子や軟骨組織を規定するSOX9,関節や腱を決める遺伝子が働き、さらに指と指の間の組織をプログラム死させる目印をBNP4が示す。ニワトリの羽芽のパターンは側方抑制と呼ばれる過程によって作り出される。

(5章)ツールキット遺伝子全体を制御し働き方を決めるような取扱説明書はどこにあるのか。これはタンパク質をコードしていない調節領域の多様さにある。スイッチをオン/オフにするタンパク因子が結合する配列が調節領域に多数あって、胚のどの場所でどのスイッチがオン/オフされるかが決まれば、どんな発生パターンも可能である。因子が数百であっても調節領域の組み合わせは天文学的数字になり、生物における組み合わせ方式は、免疫抗体の多様性を作り出すのと同じように、少ない手持ちの遺伝子で多様性をうみだす効率のよいやり方である。この調節領域の配列に変異が起きれば簡単に発現パターンが変化するので、進化の過程で実際に起きたであろうと考えられる。
発生の過程で例えば筋肉組織を作り上げる時、そこで働く遺伝子群が共通の調節領域配列をもてば、一つのツールキット遺伝子産物で一度にスイッチを入れることも可能である。何段階ものスイッチが回路またはネットワークを形成するように働き、複雑な構造物を作り上げている。この章がもっとも理解しやすい。

(6章)カンブリア紀に生物が爆発的に多様化した背景に何があったのか。カンブリア紀以前の生物が持っていたツールキット遺伝子も現存生物から想像がつく。カンブリア紀の生物の類縁と考えられるカギムシもショウジョウバエと同じホックス遺伝子を持つので、カンブリア大爆発は手持ちのホックス遺伝子をやりくりする事で行なわれたらしい。現存の節足動物を見ると、体節の数を増やし発現するホックス遺伝子の領域をずらし、さらに付属肢の種類を増やせばいい。脊椎動物の進化では、原始的な脊索動物の段階でホックス遺伝子の重複、ゲノム全体の重複が起きてホックス遺伝子の数が増していった。ホックス遺伝子の発現を体軸に沿って前後に移動させる事で、首の短いマウスも首の長いガチョウも首のない蛇も作り出すことができる。カンブリアの大爆発が新しいツールキット遺伝子の創生ではなく、調節ネットワークの組み合わせと移動によるものなら、多様化の引き金は生態的な現象だったといえる。多様化する生物は生態系を複雑にし、新たな生態的ニッチを生み出したのであろう。

(第7章)水生昆虫の鰓が翅になった。蜘蛛は鰓から書肺や紡績突起を作った。脊椎動物の翼は三度前肢から生まれた(蝙蝠、翼竜、鳥)これらはみなモジュールの多機能性と重複による。

(第8章)蝶の翅の模様もよく見ればパターンの繰り返しであり、目玉模様はディスタルレス遺伝子が関与している。付属肢とは異なる目玉専用のスイッチを手に入れたのだ。蝶の模様の論文は著者を有名人にしたそうである。ベイツ型擬態のでき方も解明されるであろう。

(第9章)シマウマの縞は生存に有利か。体色の黒化はMSH受容体の変異である事が多い。シマウマの縞がどういう風にできるかはまだわかっていないが、胚発生の初期に決定されるというモデルがある。

(第10章)ホモ・サピエンスは如何に進化したか。進化の様式は他の動物と差異はないだろう。チンパンジーとのたった1.2%の差はどこにあるのか。たぶん調節スイッチにあるのだろう。たった二つの手がかりは、顎筋にのみ発現するミオシン(MYH16)タンパクの不活性化と、発語障害を招くFOXP2遺伝子の調節スイッチの変異。「人間は、自らの存在理由を自ら解かねばならない唯一の動物である」

(第11章)冒頭のエピグラフは-ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス
“考えてもみよ。万物は変化の賜物である。既存の形態を変えて似たものを新たに作ること以上に、自然が好む行いはないと考えるにこしたことはない。”
生物進化はエボデボでこそ解き明かせる。動物の形を作る遺伝子はどれも古いものばかりで、複雑さと多様性は調節領域の変化によって生じる。種内の突然変異も種間の大進化も同じメカニズムを外挿できる。
進化論教育はエボデボを基にすることで効果をあげられるだろう。合衆国は調査した先進21カ国のうち最低の教育水準である。(日本は上から二番目。)

創造論者に歓迎されたという「ダーウィンブラックボックス―生命像への新しい挑戦」マイケル・J. ベーエ 1998年 青土社をそのうち読んでみよう。ドーキンスの「神は妄想である」という新刊も出たみたいで、これも読もう。