壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

欲望の植物誌  マイケル・ポーラン

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欲望の植物誌 人間をあやつる4つの植物 マイケル・ポーラン
西田佐知子訳 八坂書房 2003年 2800円

こだわりの林檎の木を扱った面白いノンフィクションをこちらのブログで教えていただきました。栽培植物と人類の係わり合いを述べた名著には「栽培植物と農耕の起源」がありますが、本書は楽しくて読みやすくて、さらに手応えのある本でした。

人間が野生の植物を栽培して人為淘汰(人間たちの都合のいいように進化)させてきましたが、植物の側から見れば人間の欲望を巧みに利用して自分たちの繁栄を図っているともいえるわけです。こんな逆転の発想で栽培植物の自然史が書かれているのがとってもおもしろいです。

花が甘い蜜を用意して働きバチに花粉を運ばせたり、甘い果物を用意して鳥たちに捕食させて種を運ばせたりするのと同じように、イネ科の植物は栄養価の高い種子を用意して、その種子で広大な耕地を覆わせるように人間(の欲望)を駆り立てるというわけです。

ただ、こういう言い方はあくまでも比喩ですよ。進化はもちろん無意識で無意志であり、無目的ですらあるわけですが、あまりにもうまくできた仕組みのために誰かがデザインしたと(誤って)考えることさえあります。本書ではミスリードしてそういった誤解を生まないように、充分に注意が払われているように感じました。人間が自分のためにしていると思っている活動、例えば農耕を発明したり、ある植物を法的規制したりする活動は、大きな自然の流れからみれば単なる偶然に過ぎません。私たち人間の欲望が進化に有利に働いたということであり、広い意味での共進化です。

この惑星でホモ・サピエンスという種の活動が大きな影響力をもち天候さえ左右し、自然淘汰と人為淘汰の境界線を明確に引くことさえ難しくなった時代。アグリビジネスによって遺伝子操作された栽培植物のモノカルチャー(単一栽培)が進行する中で、本来人間が地球上の多様な生物種の中の、たった一つの種に過ぎないのだという事実を再認識させてくれました。

取り上げられた四つの植物の物語は、ジャーナリストである筆者の実体験に基づいて書かれている部分もあり、とても面白い。園芸家でもあるらしく、「ガーデニングに心満つる日」という本があるので読んでみます。プランタービオラとパンジーを植えただけの超初心者ですが、昨年からガーデニングを始めましたので。



*******************以下はメモ***************

第一章「甘さ」への欲望 あるいはリンゴの物語
甘さに対する動物の本能的な嗜好が(もしくはその欲望を利用して)、果糖をたっぷり含んだリンゴを進化させた(もしくはその甘いリンゴの遺伝子を繁栄させた)。
旧世界では、リンゴの木は接ぎ木(栄養生殖)の技術によって遺伝的に安定した品種を保っていた。リンゴ(などの果樹)はヘテロ接合体であるため、有性生殖によって生じた種は多種多様で親木の表現型が安定して現れることはない。
アメリカ大陸にリンゴを広めた伝説の男ジョニー・アップルシードは、リンゴの種を山ほど抱えて入植地で苗木を育てた。多種多様なリンゴの種は、新世界という新しい環境で育つ苗木をもたらした。
しかし、ジョニーの育てた苗木には生食できるような実はつかず、すっぱいりんごはすべてりんご酒(アップルサイダー)になった。入植の条件としての果樹の栽培とアルコールへの嗜好がジョニーのリンゴを成功させたのだ。
種から育てられたリンゴをピピンというらしい。そうだ、ファージョンの「リンゴ畑のマーティン・ピピン」を借りてこよう。

第二章「美」への欲望 あるいはチューリップの物語
17世紀のオランダでのチューリップ熱とは何だったのか。美を求めてチューリップの品種を狂気のように作り出したオランダ人は次第に投機熱に犯されてしまった。
「センペル・アウグストゥス」などのブレイクした品種は屋敷が一軒買えるほどの高値をつけたが、実はこれらの縞模様のチューリップは、ウイルス感染によるものだった。
ものすごく高値の球根を茹でて食べてしまった話が「琥珀捕り」にあったのを思い出した。

第三章「陶酔」への欲望 あるいはマリファナの物語
植物のアレロパシーとして働くはずの化学成分が、たまたま人間の脳にサイコアクティヴな作用をもたらしたときから、カンナビス(大麻)という植物と人間との共進化のダンスが始まった。
マリファナが非合法化するにつれ、秘密の室内やクローゼット内でも育てられるような、丈の短い雌株だけが選択されていった。
カンナビス(もしくはマリファナ)の主成分THCは中枢をはじめとする細胞の受容体に働きかけ、痛みを和らげる、短期記憶を消す、認識能力を鈍らせるという効果がある。
忘れることで辛い現実に日々立ち向かうことができるのだとか、宗教の萌芽の際にpsychoactiveな植物が果たした役割に対する考察とか、一神教や資本主義の下で、ニコチンよりも安全といわれるマリファナがなぜ法規制されるのかとか、面白い。
内因性カンナビノイドを「アナンダミデ」と表記しているけれど、これは「アナンダミド」(もしくは「アナンダマイド」)が正しい。訳文はとても読みやすくて良かった。

第四章「管理」への欲望 あるいはジャガイモの物語 
アンデス原産の遺伝的に多様なジャガイモ集団が、単一の品種に選択されていくまでを辿る。アイルランドのジャガイモ飢饉。人間の意のままに管理できる栽培植物は、「ニューリーフ」という品種に到達した。
マックのフレンチフライ用の長くて色の濃い品種である。さらに遺伝子操作によってBt(土壌細菌のタンパク質)を付与され(コロラドハムシにたいする殺虫成分)、使用する農薬の量を三分の一以下に減らすことができた。
遺伝子組み換え食品の安全性は未だに不明だけれど、農薬は摂取したくはないというジレンマ。でも本来トレードオフの関係にはないはずだ。
遺伝子組み換え食品を利用することは、食品としての安全性が確保されたにしても、企業国家アメリカの傘下に組み込まれることになりそうな気がする。

とんでもなく遅い時間になってしまいました。早く寝なければ。。。