壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

祖先の物語

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祖先の物語 ドーキンスの生命史 リチャード・ドーキンス 
垂水雄二訳 小学館 2006年 上下巻各3200円

The Ancestor’s Tale –A Pilglimage to the Dawn of Life Richard Dawkinsの原書版(中見できます)は、あとがきにあるように、写真はフルカラーで図表もカラーで、少しおおぶりの一冊です。コストの関係でモノクロの上下二巻にせざるをえなかったらしいですが、せっかく小学館が出すのだから、一冊のきれいな図鑑のようにして作れば、子どもまで読者層に入れる事ができたかも知れないのに残念です。(図書館で借りたし、安いから、自分で買うんだったら原書版の方なので、無責任な発言ではあります。)

グールドが指摘していたように人類が進化の頂点であるかのような誤解をもたらす系統樹を、逆に生命の夜明けに向かってさかのぼる巡礼の旅をすることで、人類の思い上がりの歴史観を正そうとする試みだそうです。どうせドーキンスの旅なので、敬虔な巡礼者というよりは、でてきた敵を倒しながら進む十字軍のようなのかもしれないと勝手に想像して読み始めました。

やはりドーキンスは、出てくる敵を倒しながら、というか罠を仕掛けて敵を誘い出し、捕らえながら進んでいくように見えます。ミトコンドリアイブやY染色体アダムなどという言葉を巧みに使いながら、創造論者や相対主義者に警告を与え続けます。  

この「祖先の物語」は、チョーサーの「カンタベリー物語」を模して、巡礼として合流してきた現存の生物種にその物語を語らせています。この部分には興味深い話がたくさんありました。例えばテナガザルの物語で紹介された「カンタベリー物語」プロジェクトの話。

書誌学者が「カンタベリー物語」の85の異本の系統を調べるために、進化生物学で使う最節約法で「カンタベリー物語」の異本の系譜を作り上げた話はとても面白い。それが系統樹の計算法の説明にもなっているのです。(といっても最節約法や最尤法は統計的手法が理解できそうもないので、興味は書誌学の方へ向いてしまいます。書誌学って何?)

最後に40億年にわたる巡礼の旅団は、聖地カンタベリーに到着し、そこでついに生命の起源に立ち会います。カンタベリーは雷鳴とどろく泡立つ浅瀬なのでしょうか、はたまた高圧高温の地獄の釜の中なのでしょうか。そして巡礼の目指した聖地は本当に一つなのでしょうか。地球上の全生物は本当に単系統なのでしょうか。東洋のような、複数の聖地を巡る遍路の旅は必要がないのでしょうか。

さらに、巡礼団を案内してきたドーキンスは一人帰路に着きます。主人の帰還の経路がひとつであるはずもなく、しかし収斂進化に見られるような、進化における一定のパターンや韻、垣間見える方向性のようなものを見極め、進化は偶然の産物なのかを問いながら、不可能の山道をたどり、帰り道を探さなければなりません。

イメージ 2重くて(内容ではなくて重量)読みにくい本でしたが、ドーキンスの今までの著作の集大成の様でもあり、いろいろな生き物の話がたくさんあってとにかく面白かった。一読の価値ありです。この訳者(垂水雄二)の訳文は読みやすく、「遺伝子の川」の時もそう思いました。人類の進化については、ずっと以前にカール・セーガンの「はるかな記憶」を読みましたが、ドーキンスとセーガンの(顔の)区別がつきにくいのは私だけでしょうか。欧米人にとって個々の東洋人の区別がつきにくいのと同様に(下巻p132)、白人の区別はわれわれにとっては時として困難です。

以下はトリビア的メモ
ドーキンスの行軍の、ランデブー地点の40個のマイルストーンを目次でたどっておきます。0すべての人類 1チンパンジー2ゴリラ3オランウータン4テナガザル類5旧世界ザル6新世界ザル7メガネザル8キツネザルとその仲間9ヒヨケザルとツパイ10齧歯類とウサギ類11ローラシア獣12異節類(貧歯類)13アフリカ獣類14有袋類15単孔類16蜥形類(鳥類+爬虫類)17両生類18肺魚19シーラカンス20条鰭類21サメとその仲間22ヤツメウナギメクラウナギ23ナメクジウオ24ホヤ類25ヒトデとその仲間26旧口動物27無体腔型扁形動物28刺胞動物29有櫛動物30板形動物31カイメン類32襟鞭毛虫類33ドリップス34菌類35アメーバ動物36植物37不確かなグループ38古細菌39真正細菌
p36かつては有用であった遺伝子の,不用になったコピーがとり散らかったハードディスクというゲノムのイメージp88BBCの「祖国(motherland)」というドキュメンタリに潜む欺瞞。p92出アフリカ複数回説(テンプルトンによる複数個のハプロタイプの系譜からの類推)
p110家族性言語障害と関連遺伝子FOXP2tと言語の獲得p123二重対数の意味と大脳化指数(Encephalisation Quotient)と化石霊長類そして直立歩行の問題p163チンパンジーの道具使いと地域伝承性p208種の系統は、個々の遺伝子系統樹間の「多数決」の結果p230集団の安定的な遺伝的多型を維持する機構として、頻度依存淘汰説とヘテロ接合体有利説。p277ビーバーの湖は表現型の延長?p238メガネザルの大きい目の秘密はタペータムの欠如。p286ローラシア獣という新しい哺乳類系統分類。分子的な証拠によるカバとクジラの類縁関係の、ヘッケルによる示唆。p343カモノハシの嘴は、AWACS早期警戒管制機のレーダー。オスの後ろ足の毒針。p358哺乳類型爬虫類という影の巡礼団(ペルム紀三畳紀の大絶滅)。p384クジャクの尾羽と性淘汰。性淘汰は爆発的な変化のエンジン。人類進化における性淘汰。p437カリフォルニアセントラルヴァレーのサンショウウオたちは、種の連続性を物語る。ルビコン川を渡ったのかと。p456しかし二種のヒメアマガエルの重複地帯では交雑を避ける求愛行動が見られる。繁殖的隔離機構の強化。下p30適応放散の好例。ビクトリア湖タンガニーカ湖マラウイ湖のシクリッド類。地理的隔離
p42 洞窟魚におけるドロの法則など、条鰭(じょうき)類の物語は面白い。p60 ヤツメウナギ ヘモグロビンはアルファベータ分離していない。p112バッタの物語では、性淘汰が種の分化を生む。文化的隔離がもたらす性淘汰と人種の関係。p136ショウジョウバエはホックス遺伝子について饒舌に物語たり、ホメオボックス遺伝子は動物変奏曲の主題を歌い上げる。p153 8千万年の間無性生殖を続けてきたヒルガタワムシは進化のパラドックスであり、その十本の染色体はもはや、5対の相同染色体ではない。無性生殖では遺伝子プールという概念がない。p171カギムシが語るカンブリア大爆発の本当の姿は?p191ドーキンスは大田朋子の「ほぼ中立」説が大好き。分子時計が世代数ではなく、年数を告げることの説明には、集団の大きさが関係している。p222サンゴ礁は極相生物群集。p228有櫛(ゆうしつ)動物クシクラゲは動物の中で最も美しい(フルカラーで見たい)。p268緑色植物の系統樹deep greenというコンピュータプログラムで見られる。車輪は細菌で一度だけ発明された?