壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

旅する遺伝子 スペンサー・ウェルズ

イメージ 1

旅する遺伝子 スペンサー・ウェルズ
英治出版 2008年 1900円

副題は「ジェノグラフィック・プロジェクトで人類の足跡をたどる」。世界各地の先住民など数十万人のDNAをもとに、人類がアフリカを旅立って世界に広がり現在に至るまでの道のりをたどっています。とても読みやすい本です。導入や構成がドキュメンタリードラマ風だと思ったら、著者はTV製作にも関わる研究者ということです。

人類史における最も大規模な民族移動は、1840から1920年に欧州からアメリカに流れ込んだ4000万人。アイルランド450万人、イタリア500万人、東欧からのユダヤ人200万人など。多様な背景をもつアメリカ人の趣味は、ガーデニングについで家系調べだそうで、このように大きなプロジェクトがナショナル ジオグラフィック協会によって企画されるのもうなずけます。

ミトコンドリアDNAとY染色体DNAのハプロタイプをしらべ、そのタイプと集団内の多様性から、集団間の遺伝的距離と分岐した時期が推定できるといいます。しかし現代では地域に根ざした民族や文化が失われつつあります。生物の多様性が失われるのと同じく人類の多様性も失われつつあるということで、調査が急がれる所以です。

人類発祥のルーツがすべてアフリカにあり60000年前にアフリカを出て、たかだか2000世代のうちに人種や民族が形成されたということはそれほど目新しい事実ではありませんが、ヨーロッパで最終氷期にいったん南欧に避難した人類が北へ再移民したこと、農耕と共に中東からヨーロッパへ進出した系統があったことなど面白い話もたくさんあります。この先もっとデータが集められ、分析方法が改善されれば、修正されることもあるでしょうが。

このプロジェクトの今後の課題がいくつもあがっていましたが、その中でも面白そうなのをいくつか選んでおきましょう。歴史に残る事実(ノルマン人の大移動や帝国支配)は地域の遺伝子分布に影響を及ぼしたのか(モンゴル帝国Y染色体の話は有名ですが)。インドのカースト制度は遺伝子パターンにどんな影響を与えたか。カフカス地方の先住民は誰か、そして言語の多様性が存在するのはなぜか。などなど

一般人がこのプロジェクトに参加することも可能で、専用キットを購入してDNAサンプルを送れば自分のルーツを知ることができます。主目的はこの寄付による、先住民の研究。巻末に$99.95とあったけれど、今調べたら$126.50に値上がりしていました。私がY染色体も持っていたら購入してもいいけれど。ミトコンドリアの情報だけだと余り面白くなさそうです。

Genographic ProjectのHPのAtlas of human journey でそれぞれのハプログループの道のりをたどることができます。

一箇所大事な図が間違っていて、さんざん悩みました。これは出版社として大きな落ち度です。それ以外はすいすい読める本です。体力・気力ともに落ちている時は、ノンフィクションがかえって読みやすいみたいです。