壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

迷惑な進化

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迷惑な進化 ーー病気の遺伝子はどこから来たのか
シャロン・モアレム/ジョナサン・プリンス
矢野真千子訳 NHK出版 2007年 1800円

サイエンス系の新刊本を図書館で見つけました。ある種の病気は、進化上のトレード・オフだという事を面白く、わかりやすく説明している本です。

なぜ私たちは病気になるのかという問いに、二種類の答えがあります。本書で最初に取り上げられているのは、ヘモクロマトーシスという西ヨーロッパを起源とする人に多い遺伝病です。この病気は、鉄代謝に関わる遺伝子が変異して、体内に余分な鉄が蓄積し脂質の過酸化を促すため、組織や臓器が傷つくのだというのが第一の答え(至近的原因)です。鉄過剰の状態が続けば中年以降、死に至る病で、米国では300人に1人が発病しています。

なぜこの病気が存在するのか、自然淘汰による進化がなぜこんなに有害な病気の遺伝子を残してしまったのかに答えるのが第二の答えです。人間にとって、鉄は不足しがちな重要な栄養素ですが、人間に感染して増える細菌にとっても同じこと。細菌感染した時、体内の利用できる鉄の濃度を下げるように働く防御システムが人間にあります。病原菌に鉄を使わせないようにするためだと考えられています。

ヘモクロマトーシスの人では組織には鉄が沈着しますが、普通の人がたくさん鉄を溜め込んでいる免疫細胞マクロファージの鉄含量は低く、マクロファージの中でも生き延びる事のできるタイプの病原菌(ペスト菌結核菌)にとって居心地が悪い状況になっています。つまりヘモクロマトーシスの人はペストや結核にかかりにくいと考えられます。

その状況証拠は17世紀ロンドン・ペストの記録にあり、青年~壮年の男性(体内の鉄分が多い人たち)の死亡率が高かったという事に見ることができるそうです。そもそもヘモクロマトーシスの原因遺伝子の一つであるHFEの変異はスカンジナビアのバイキングに由来するもので、苛酷な環境では食餌中の鉄不足を補い生存に有利であったかもしれません。この変異遺伝子がペストの流行と共にヨーロッパに広まっていったという事です。ペストにかかりにくいという代償がヘモクロマトーシスだったのです。これが第二の答え(究極的原因)です。

ペストは14世紀のパンデミック以来何度もヨーロッパを襲いましたが、流行のたびに被害が小さくなっていきました。ペスト菌の毒性が弱まったのか?という原因以外にも、ヘモクロマトーシス変異遺伝子が広まったからだとも考えられるそうで(西ヨーロッパ人の遺伝子保有率は3~4人に1人)、この説はずいぶん新しいようです。ヘモクロマトーシスの治療のひとつに瀉血による鉄の除去があり、瀉血が「野蛮な慣行」とばかりは言えないとか、ほかにも興味深い話がたくさんありました。

体の機能や病気の進化的原因について、仮説の域を出ないものや、風が吹けば桶屋が儲かるというような因果関係の明確でないものもありましたが、進化というものさしをあてると、新しい見方ができるのだということはよくわかりました。その他エピジェネティックスの説明も分かりやすい。


第1章 血中の鉄分は多いほうがいい?/第2章 糖尿病は氷河期の生き残り?/第3章 コレステロールは日光浴で減る?/第4章 ソラマメ中毒はなぜ起きる?/第5章 僕たちはウイルスにあやつられている?/第6章 僕たちは日々少しずつ進化している?/第7章 親がジャンクフード好きだと子どもが太る?/第8章 あなたとiPodは壊れるようにできている。



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イメージ 2関連本。内容が重なる部分が多いがずっと詳しい。
病気はなぜ、あるのか ネシー&ウィリアムズ 
新曜社 2001年 4200円


イメージ 3第5章で紹介されていた本。病原体の進化をコントロールすることで長期的に病原体を押さえ込むことができるという進化疫学の考え方。訳があまりにも直訳過ぎるのが残念でした。
病原体進化論 人間はコントロールできるか
P.W.イーワルド 新曜社 2002年 4500円

日経サイエンス 1993年6月号
病原性を進化させる人間の行動
P.W.エウォルド (上の本と同じ著者で、簡単な解説)