壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

火星のタイム・スリップ  フィリップ・K・ディック

火星のタイム・スリップ フィリップ・K・ディック

小尾芙佐訳  早川書房  電子書籍

火星の話をたくさん読んできたが、今世紀に近くなると、多くはテラフォーミングされた火星に集団移住している。しかし1980年代以前の火星は、薄い空気があって呼吸ができ、原始的な火星人が住んでいるという共通認識があるようだ(笑)。

1964年のフィリップ・K・ディックの火星に於いても、人々はあたかも合衆国の砂漠地帯で暮らすような雰囲気で、不自由ながらもごく普通に暮らしている。地域の経済を握っているボスのアーニ―は、土地投機でさらに儲けようと画策している。そのため、自閉症の少年マンフレッドの特殊能力を利用しようと、エンジニアのジャックを雇っている。ジャックは分裂病が再発するのではないかと恐れている。肌の黒い火星人ブリークマンは、虐げられた存在のようだ。

あらすじをたどっても詮無いが、読んでいると、現実が虚構や幻覚に滑り込んでいく感覚があり、ノーランの『インセプション』で見たような眩暈のする映像が浮かび上がる。自閉症分裂病という概念は当時の解釈なので定義にはこだわらないが、正常な人間とは何かというような問いかけが聴こえる。