壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

エクソダス症候群  宮内悠介

エクソダス症候群  宮内 悠介

創元SF文庫   電子書籍

「火星シリーズ」の6冊目は初読み作家の作品。また面白いものに出会った。切れのよい文章で、精神医学の歴史と問題点を探りながら、主人公の出生の秘密を追うミステリ仕立てでもある。舞台は未来の火星ではあるが、現在の地球と地続きに思える。

 

開拓地としての火星は、いまだテラフォーミングが完成せず、小さなドームをつなぎ合わせた空間で、何十万もの移民たちが不自由な生活を送っている。火星で生まれ地球で育った主人公のカズキは精神科医で、地球での事情により、火星で唯一の精神病院ゾンネンシュタインに赴任した。

地球では、統合失調症を含む多くの精神疾患は、電子機器による診断と薬剤による治療によって制御されていたが、先ごろから「特発性希死念慮」という精神疾患が蔓延し始めた。カズキはそれで恋人を失ったのだ。

一方、火星で広がっている「エクソダス症候群」は脱出衝動を伴う精神疾患である。火星には満足な機器もなく、地球から供給される薬剤さえ不足していた。そんな中では治療は面談とカウンセリングが主であるが、さらに19世紀的な外科的治療さえ行われていた。「エクソダス症候群」が蔓延してゾンネンシュタイン病院に患者が押し寄せる大騒動の中で、カズキはこの病気の病態の解明に進んでいく。

 

病気とは何か?という定義は、精神疾患の分野においてはさらに難しいのだろう。どこまでが正常でどこからが異常なのか。病因は同じでも文化や土地や時代によって顕れる病態が異なる可能性があることなど、面白い見方を知った。また精神医学は、生物進化学などと同様に、宗教や疑似科学が混ざり込みやすいのだろう。

精神医学系のノンフィクション『統合失調症の一族』を読み忘れていたのを思い出した。読書の方向が取り留めもなく広がっていくので、どうしよう。