壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

未完の肖像  アガサ・クリスティー

未完の肖像  アガサ・クリスティー

中村妙子訳 クリスティー文庫 電子書籍

クリスティーの作品には、メアリ・ウェストマコット名義のロマンス小説が六冊あります。以前読んだ『春にして君を離れ』がとても面白かったので、半額セールで買っておいた本です。長い間読むのを忘れてKindleの中で眠っていました。クリスティー自身の体験に重ねた、愛の苦悩に満ちた小説です。クリスティーの失踪事件(1926年、36歳の時)は有名ですが、自伝の中でその事実を書くことはできても、自分の内面を余すことなく書くためには、フィクションという形が必要だったのでしょう。

 

ある島で命を絶とうとしていたシーリアと出会い、引き留めるためにシーリアの話を聴いた画家が、シーリアの肖像を描く代りに書いた文章という設定です。シーリアがそこまで思いつめたのは何故か?という疑問に引っ張られて、幼少期から結婚に至るまでのシーリアの生い立ちを読みました。

祖母や母との関わりの中で、内気で夢みがちな少女の暮らしは幸せなものでした。しかし、夫となるダーモットと出会い、結婚して娘が生まれていくうちに、少しずつ夫婦間の亀裂が広がっていくさまが怖いくらい巧みにでした。

追いつめられ、自分を失っていくシーリア。頼りにしていた母親を亡くし、何かが壊れてしまったのでしょう。クリスティー自身の心情が余すところなく描かれているように思いました。

 

ウェストマコット名義のクリスティー作品は6冊です。未読の4冊はそのうち読もうと思っています。

『愛の旋律』(1930)

『未完の肖像』(1934)本書

春にして君を離れ』(1944)

『暗い抱擁』(1948)

『娘は娘』(1952)

『愛の重さ』(1956)

ミステリではないノンフィクションもあります。『さあ、あなたの暮らしぶりを話して』はクリスティーが二番目の夫(考古学者)と発掘旅行に出かけた第二次世界大戦前のシリアでの様子が描かれています。人物描写が巧みで、ユーモアと辛辣さがあり、楽しい本でしたが、忙しい時期に読んだのでブログ記事にしていません。2011年から2020年まで、遠距離介護などのため、読書に関しては私にとっての「失われた十年」でした。