壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

春にして君を離れ アガサ・クリスティー

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春にして君を離れ アガサ・クリスティー
中村妙子 早川書房クリスティー文庫81 2004年 600円

『スリーピング・マーダー』を読み、アガサ・クリスティーの面白さを再認識しました。クリスティー文庫100冊読破!・・・・なんていう気力は今のところ全くないのですが・・・・

クリスティー文庫のうち未読であることが確かなのは、メアリ・ウェストマコット名義のロマンス小説です。その中でも評判の高いのがこの『春にして君を離れ』らしい。若い頃には「ロマンス小説」なんて銘打っていたらまず読むことはなかったけれど、今はジャンルにこだわることもなくなりました。

良き夫と子供に恵まれて理想の家庭を築き上げたと自負しているジョーン。これまで過ごしてきた人生に疑問を持つことのなかった彼女が、旅先で友人と再会したことがきっかけとなって、足止めされた砂漠の中の宿泊所で、人生で初めての自己省察を行うのです。

自己中心的で周囲の人々の気持ちにいたって鈍感だったこと。幸せで愛に溢れた家庭は自分の思い込みだったのかもしれないこと。夫や子供が望んでいた人生を尊重することなく、自分の考えだけを押し付けていたこと。そんな自己嫌悪にさいなまれ、帰宅して真っ先に夫に許しを請おうと決心したはずだったのに・・・えーそうなの?・・まあそうかもしれない・・・・。人生の折り返し点をとうに過ぎた私にとっては、いろいろ身につまされるところがあって、なかなかに怖い内容でした。

ジョーンの虚偽については、あらかじめ読者に先んじて感じさせておいて、ジョーンがその自己欺瞞に気が付いていくという意識の流れを追う手法は、まさにミステリタッチで巧い。そして意外な結末に、クリスティーの醒めた目を感じます。