壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

火星にいった3人の宇宙飛行士  ウンベルト・エーコ

火星にいった3人の宇宙飛行士  ウンベルト・エーコ

E・カルミ 絵  海都洋子訳 六曜社  図書館本

火星を舞台にしたSF小説は1960年代前後にたくさん出ています。前回読んだ『火星のタイム・スリップ』は1964年でした。この時代、ウンベルト・エーコさえ、火星に行きたかったのかもしれません(笑)。1966年初版のエーコの絵本は、日本で2015年に翻訳出版されました。

 

それぞれに火星に到着した、アメリカ人、ロシア人、中国人の三人の宇宙飛行士は、最初はお互いに不信感を持っていましたが、恐ろしい姿の火星人と遭遇して力を合わせることになるのです。新たな外敵がいれば、地球人は団結できるという話かと思ったら、その先にもっと素晴らしい展開があるのです。

 

どの国の人も個人的には誰とも仲良くできるのに、国家・宗教を背負ってしまうとうまくいかなくなることが多いのかもしれません。国際宇宙ステーションISS)は、中国はいないけれど、国際協力がうまくいった例だと思っていましたが、ウクライナ侵攻後はどうなる事やら。火星一番乗りをねらう国々も、どうか争わないでくださいね。

 

エーコの冒険ファンタジー『バウドリーノ』はぜひ読みたいと思っています。

火星のタイム・スリップ  フィリップ・K・ディック

火星のタイム・スリップ フィリップ・K・ディック

小尾芙佐訳  早川書房  電子書籍

火星の話をたくさん読んできたが、今世紀に近くなると、多くはテラフォーミングされた火星に集団移住している。しかし1980年代以前の火星は、薄い空気があって呼吸ができ、原始的な火星人が住んでいるという共通認識があるようだ(笑)。

1964年のフィリップ・K・ディックの火星に於いても、人々はあたかも合衆国の砂漠地帯で暮らすような雰囲気で、不自由ながらもごく普通に暮らしている。地域の経済を握っているボスのアーニ―は、土地投機でさらに儲けようと画策している。そのため、自閉症の少年マンフレッドの特殊能力を利用しようと、エンジニアのジャックを雇っている。ジャックは分裂病が再発するのではないかと恐れている。肌の黒い火星人ブリークマンは、虐げられた存在のようだ。

あらすじをたどっても詮無いが、読んでいると、現実が虚構や幻覚に滑り込んでいく感覚があり、ノーランの『インセプション』で見たような眩暈のする映像が浮かび上がる。自閉症分裂病という概念は当時の解釈なので定義にはこだわらないが、正常な人間とは何かというような問いかけが聴こえる。

ハイランド・クリスマス / ゴシップ屋の死  M・C・ビートン

ハイランド・クリスマス M・C・ビートン

ゴシップ屋の死 マクベス巡査シリーズ1 M・C・ビートン

松井光代訳 文芸社 Kindle unlimited

クリスマスまでに読み切れなかった『ハイランド・クリスマス』は英国のベストセラー作家によるコージーミステリです。ハイランド地方(スコットランド北部)の田舎町に駐在するマクベス巡査のシリーズは30冊もあるそうで、どれも『○○の死』という題名です。BBCスコットランドのドラマにもなっているとか。

『ハイランド・クリスマス』はシリーズの番外編で、殺人は起きず、窃盗などの事件を解決しながら住民同士の融和を図るという、マクベス巡査の有能にして融通無碍な手腕が笑いを誘いました。

『ゴシップ屋の死』は1985年に出版されたシリーズ一作目です。ホテルの釣りスクールに集まった客の一人が殺され、ほぼ全員に殺害の動機があります。捜査から外されたマクベス巡査は独自に動いて事件を解決します。

スコットランドの風景や文化は興味深いけれど、簡単な文章で人物はステレオタイプなので、何も考えずに読むことができました。シリーズがこの先翻訳されるのかどうか分かりませんが、また読み放題になるのかな。

 

2023年度の読書のまとめ

125冊以上読みました。三日に一冊のペースです。ほとんどが小説で、ノンフィクションはちらほら。読み放題(35冊)や廉価セール(25冊)の本が多いけれど、Kindleで購入した本もかなりあります。書籍代がどれくらいになるのか計算したら、年間およそ6万円。読み放題価格(月980円)を入れると、毎月およそ6000円になります。趣味娯楽予算は月4000円なので完全にオーバー。これからはもっと図書館の本を利用しよう。

ラストマイル  デイヴィッド・バルダッチ

完全記憶探偵 エイモス・デッカー ラストマイル 上/下  デイヴィッド・バルダッチ 関麻衣子訳 竹書房文庫 Kindle unlimited

完全記憶探偵エイモス・デッカーの二作目。脳障害により完全記憶を持ったエイモス・デッカーは、第一作目で自身の家族を殺害された事件を解決し、FBIの捜査チームに誘われた。フットボール選手だったメルヴィン・マーズは、両親殺しの罪で死刑判決を受け、20年も刑務所に収監されていたが、死刑執行直前に真犯人が名乗り出てきた。エイモスは自分の事件に重ね合わせて、FBIのチームと共に事件の真相を探る。

そのまま、ドラマになりそうなストーリー展開で会話の場面が多く、面白くて一気に読んでしまった。いかにもアメリカンな価値観で、出てくる関係者の男がほとんどフットボール選手だというところが少々鬱陶しい。男の友情物語としても、事件の背景にあるレイシズムについてもありがちな展開だが、エンターテインメントとしては充分に面白い。Kindle unlimitedだから読んだけど…。三作目も読み放題なら読もう。

穢れた風  ネレ・ノイハウス

穢れた風  ネレ・ノイハウス

酒寄進一訳   創元推理文庫

月一回、オリヴァー&ピア・シリーズの5冊目は、風力発電に絡んだ利権争いを背景に起きた殺人事件。ドイツでは、海岸地方や洋上の風力発電が主力なのでしょう、本書の舞台のような内陸の山地にタービンを建設する事は自然環境保護と競合し効率が悪いというわけで、建設だけして大儲けしようとする輩が暗躍します。さらに地球温暖化による気候変動説は陰謀論なのか・・・という事はさておいて、いつも通り嘘つき容疑者がたくさん出てきます。でも5冊目にもなるとドイツ人名にも慣れてきて、すんなり読むことができました。

事件解決後の関係者の行く末を描くエピローグはものたりなかったけれど、事件の進行と捜査の進行の面白さは相変わらずです。でもオリヴァーが前作以上にヘタレていてびっくりしました。女に弱くて、家族に対して冷静になれず停職を喰らっています。捜査班のメンバーが入れ替わったこともあって、ピアがしっかりと捜査を主導していました。捜査班の面々がどうなっていくのか、次作が楽しみです。

クララとお日さま  カズオ・イシグロ

クララとお日さま  カズオ・イシグロ

土屋政雄訳  早川書房   図書館本

移動図書館の本棚で見つけた。出版から二年近くたって、ようやく読むチャンスができた。その間、《ノーベル文学賞 受賞第一作 カズオ・イシグロ最新作、2021年3月2日(火)世界同時発売! AIロボットと少女との友情を描く感動作。》という宣伝文句だけは目にしたが、なるべくネタバレのないように、本の情報を読まないように今まで我慢していた。ネタバレなしに読むのが正解なので、詳しくは書かないが、以下注意。

 

AIを搭載した人型ロボットのクララが一貫して物語る。販売店を訪れた14歳の病弱な女の子ジョジーの“友人”として買われ、一家と住むことになったクララは、高い能力で、周りの状況を認知していく。

あからさまには語られない社会の状況は、言葉の端々から推測することしかできない。クララの静かな語りと物語る世界の不穏な様子から、『わたしを離さないで』を思い出した。ジョジーたちの生きる世界は、ある「処置」を受けた子供とそうでない子供の間に決定的な格差がある。そしてジョジーの別居している両親や周りの大人たちの会話から、病弱なジョジーに関する何かの計画があるらしいことがだんだんにわかってくる。

AIのクララは情緒をもち、ジョジーの為にお日さまにある願掛けをする。太陽光をエネルギーとしていくロボットのクララの願掛けには、原始的な信仰の成り立ちを見るようだ。AIは限りなく人間に近づくのか、「心」はどこにあるのか、死なないロボットの行く末は・・・と、ラストシーンまでも、心が揺さぶられるようだった。

 

カズオ・イシグロの作品は『充たされざる者』を除き全部読んだはず。分厚い文庫本を読みかけて中断したまま、本棚で色褪せて15年近く経っている。いつか読もう。

 

地下鉄道  コルソン・ホワイトヘッド

地下鉄道  コルソン・ホワイトヘッド

谷崎由依訳 ハヤカワepi文庫  電子書籍

南北戦争の少し前、ジョージアの農園で生まれた黒人少女コーラは、北部への逃亡を決めました。サウスカロライナノースカロライナテネシーインディアナを通り、自由州である北部へと向かう長い逃亡の旅です。当時奴隷たちを南部から北部へ逃がすルートは象徴的に「地下鉄道」と呼ばれていたそうで、その鉄道を実際の列車が走るというフィクションです。コーラは奴隷狩り人という賞金稼ぎに追いつかれながらも、間一髪、逃亡を繰り返すのです。

エンターテインメント風に書かれてはいますが、奴隷への非道な行為があからさまなので、読みすすめるのはかなり苦しいものでした。コーラは、たどり着いた場所で希望を持つのだけれど、それが叶わず絶望に陥ります。そしてまた新たな場所で希望と絶望が繰り返されるので、コーラの行く末が気になり、読むのをやめることは出来ませんでした。

サウスカロライナで自由を得たはずだったのに、黒人でさらに女性であることに対する迫害。ノースカロライナで潜伏した時に見た白人たちの隠れた悪意。コーラが北部の自由州にたどり着いたにしても、さらに未来にもこうした差別が続いていくことを、この小説は物語っているのでしょう。

日本にそれも田舎に住んでいると、レイシズムに無関係な毎日のように感じますが、自分でも気が付かないレイシズムが存在することを自覚しなければいけないのだと思います。

この小説を原作にしたドラマがありますが、見るかどうか迷っています。もう少し後にしよう。