壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

完全記憶探偵  デイヴィッド・バルダッチ

完全記憶探偵  デイヴィッド・バルダッチ

関麻衣子訳  竹書房文庫 上下合本版  Kindle unlimited

『火星の人類学者』では驚異的な記憶力を持つ人々が取り上げられていました。そのような超記憶症候群の探偵が主人公のアメリカンミステリーです。ドラマを見ているように、一気に読み終えてしまいました。

エイモス・デッカーは、プロフットボールの選手時代の頭部損傷で後天的に超記憶を持つようになった。選手生活は終わったが、その才能を生かし相棒のランカスター刑事と共に捜査にあたる優秀な刑事だった。しかし、妻子を事件で失い、犯人もわからぬまま自暴自棄になり警察を辞めホームレスになってしまった。しかし一念発起、私立探偵を始めたあるとき、家族を惨殺した犯人が自首してきた。近隣の銃乱射事件との関連が示唆され、そこからエイモスの捜査が始まる。警察のコンサルタントとなり、FBIも絡んで、ノンストップの展開だ。

読んでいるうちに、『メンタリスト』というミステリドラマを思い出しました。パトリック・ジェーンとレッド・ジョンのストーリー展開に似ています。道具立てなどはありきたりなのに、面白くて読むのをやめられない、よくできたエンターテインメントミステリでした。エイモス・デッカーという主人公は身長2メートル近く、体重が150㌔近くあるという設定の面白いキャラクター。相当な巨漢ですが、元NFL選手なので運動能力は高く、超記憶というビデオカメラ並みの頭脳を備えています。ただ家族を失った虚無感に囚われていて、単独行動が多いのでハラハラします。

続編も読み放題になっていてうれしい。読み放題の面白そうなSFとミステリが竹書房に多い。竹書房もいろいろだな。

火星の人類学者  オリヴァー・サックス

火星の人類学者 --脳神経科医と7人の奇妙な患者-- オリヴァー・サックス

吉田利子訳 ハヤカワ文庫NF 電子書籍

人生の終わりに近づき、何回目かの蔵書整理をしています。残り少ない紙の本に決別し、どうしても捨てられない本だけ電子書籍に買い直そうかとも考えますが、年金暮らしではそれもなかなか叶いません。

オリヴァー・サックスの著書は七冊ありました。電子化されているのはそのうち五冊、(半額セール中の)一冊だけ電子書籍を買って読みました。20年以上昔に読んだ本の再読です。内容は変わりませんが、25年前の単行本にあるカラー写真は削除されていました。内容に深く関わる絵画のカラー写真なので残念です。紙の本を捨てられなくなってしまいました。

副題にあるように、サックス自身が出会った7人の患者についてのエッセイですが、7編の短編小説とも思えるくらい、その人生に踏み込んで描かれています。でも「事実は小説より奇なり」です。サックスは、疾病や障害によって脳の高次機能を失いつつも、その状況に適応して自らの身体機能を再構築していく人々に寄り添います。奇妙な症状を医学的に解説するだけでなく、彼らの意識の内側に飛び込んで患者に共感しようという努め、脳の機能から人間とは何かという問題に迫ろうとしています。

大脳性色盲によって色を失った画家、側頭葉の腫瘍により視覚と記憶を失った青年、トゥレット症候群の外科医、幼い頃に視力を失い50歳を過ぎてから視力を取り戻した男性、熱病に侵されたためか驚異的な記憶を持つ画家、サバン症候群の少年、動物学部の教授を務める自閉症の女性。本書の題名『火星の人類学者』は自閉症の女性の言葉で、人間同士の関係性を理解できない彼女は、「火星で異星人を研究している人類学者のような気がする」と言っていました。

 

サックスの未読の著書は、亡くなったころに出された自伝と遺作のエッセイが2冊です。そのうち読みたいと思っています。

白雪姫には死んでもらう  ネレ・ノイハウス

白雪姫には死んでもらう  ネレ・ノイハウス

酒寄進一訳    創元推理文庫

ドイツミステリ、オリヴァー&ピア・シリーズの四作目は、さらに厚くなって文庫本570頁。題名もキャッチ―だが、これは原題Schneewittchen muss sterbenに近い。 

11年前の少女連続行方不明事件の被害者の一人の白骨遺体が見つかった。同時に犯人とされた男が10年の刑期を終えて村へ戻ってきた。彼は冤罪を主張するものの、事件当時の記憶を失っていた。それをきっかけに、新たな事件があちこちで起きる。田舎の村を舞台に、閉鎖的で濃密で、複雑な人間関係を持つ村民たちが、自分勝手な嘘で固めた証言と行為を繰り返す。間に挟まれた犯人らしき人物の独白もあって、ほとんど全員が怪しい状態だ。

肝心なオリヴァー警部は、家庭の事情により、今回はかなりのヘタレだった。(しっかりしろ!と言いたい。)捜査チームのベーンケは病欠だが、仮病らしく、ハッケ警部も病気休暇中で、優秀なピアは大忙しだ。容疑者が多すぎて、警察の人手が足りない。最後には派手なカーチェースもある。

四作目でドイツ名に慣れてきたせいか、一気に読み進めることができた。複雑な人間関係を描いてはいるが、人間性に対する洞察というような重厚なものではなくて、どちらかと言えば、わかりやすい勧善懲悪的だ。エンタメ要素の強いミステリだが、シリーズ順に読む方が楽しめそうだ。

叔母との旅  グレアム・グリーン

叔母との旅  グレアム・グリーン

小倉多加志訳 早川書房 グレアム・グリーン全集22 電子書籍

前回読んだ『ベルリンは晴れているか』からの連想でたどり着いたグレアム・グリーン。前世紀にずいぶん流行ったらしく、全集が出ていた。電子化されていて、気楽に読めそうな本書を選んでみた。

 

50年以上も前の小説(1969年)なので、あらすじをメモっておく。

第一部:50代前半で銀行の支店長を早期退職し、庭でダリアを育てるだけの平穏な暮らしを選んだヘンリー。母の葬儀で再会したオーガスタ叔母さんに強引に押し切られる形で、ヘンリーは叔母と一緒に、イスタンブールまで旅することになった。叔母さんの話では、ヘンリーの亡くなった母親はヘンリーの実母ではないという。75歳になる叔母は自由奔放で享楽的であり、実直で几帳面なヘンリーは戸惑うばかりだ。しかし叔母の饒舌な語りは、滑稽でどこか怪しく、次第にヘンリーを魅了していく。叔母のスーツケースには札束がぎっしり、金塊は蝋燭に細工されている。叔母はこの旅で、昔の恋人に再会するつもりだったらしい。二人は警察に国外退去を命じられいったんは帰国するが、叔母はいつの間にか行方不明になり、しばらくして国際警察が、叔母の部屋を捜索したいとヘンリーを訪れた。

第二部:半年も過ぎた頃、叔母からヘンリーに連絡があり、叔母の借りている部屋を引き払って、ブエノスアイレスまで会いに来て欲しいという。ヘンリーがブエノスアイレスに着くと、さらにパラグアイへの船旅を命じられ、パラグアイで、昔の恋人である八十過ぎのヴィスコンティと暮らす叔母に再会する。ヴィスコンティは警察に追われる身だったが、オーガスタ叔母の働きでそれを逃れ、二人は結婚して、怪しげな貿易会社を営むらしい。事件に巻き込まれ留置場に入れられたヘンリー、その頃には彼はイギリスでの平穏な暮らしに戻る気がなくなり、叔母たちの会社を手伝うというスリリングな生活を選ぶ。

 

饒舌な叔母の話には一貫性が無いのだが、面白くてついうっかり丸め込まれてしまう。道徳的で平穏な暮らししか考えられなかったヘンリーだが、叔母の奔放さに影響されて次第に価値観が変わっていく様子がとても興味深い。CIAのスパイも出てくるが、英国独特のユーモアに溢れている。ヘンリーの実母は誰なのか…はっきりとは書かれていないが、どうも彼女ではないかと…。息子?を悪の道に引き込んでしまうオーガスタだが、憎めないキャラクターとして描かれている。72歳の私としては、オーガスタには全く共感できないが…。 グレアム・グリーンの他の作品もそのうち読んでみよう。

哀惜  アン・クリーヴス

哀惜  アン・クリーヴス

ハヤカワ・ミステリ文庫  電子書籍

アン・クリーヴスの新シリーズ第一作。アン・クリーヴスの小説は初読みですが、ドラマ化された作品「ヴェラ・スタンポープ」シリーズを現在視聴中です。荒野の続くノーサンバーランドを舞台にしたドラマが素晴らしく良かったのですが、残念ながら小説は未翻訳。その代わりに、この「警部マシュー・ヴェン」の新シリーズを読み始めることにしました。

舞台はイングランド南西部のノース・デヴォン、鄙びた海岸で発見された遺体の身元は聞き込みによってサイモン・ウォールデンだと判明したのですが、彼の人物像が今一つはっきりしません。アルコール依存症のホームレスというはずだったサイモンの、隠されていた過去が明らかになっていく経緯が物語を牽引していきます。もう一方、地域のケアセンターに通うダウン症の女性の行方不明事件が絡んで、最後に事件の全体像が一気に明らかになる所が見事でした。

警部マシュー・ヴェンはジョナサンという男性と同性婚をして、一緒に暮らしています。また、マシューは原理主義的なキリスト教信者である両親の元で育った後、そのコミュニティを捨てて家族と疎遠になっています。そういう背景をもったマシューは、几帳面で繊細な好ましい人物として描かれています。事件の根本にある権威主義的なマチズモと、社会的弱者との対比が巧みに書かれ、エンターテインメントに流れない、品のあるミステリでした。

シリアルキラーサイコパスといった都市型犯罪ではなく、田舎の小さなコミュニティで起きる人間関係の濃密な事件は、クリスティの世界の延長にあるようです。

クリーヴスの他のシリーズに「シェトランド」があります。ドラマ化されていて、一部視聴しました。ノルウェーに近い島が舞台で、暗くて美しい自然に魅了されてしまいました。文庫本を手に入れてあるので、そのうち読みます。

 

火星のオデッセイ/夢の谷  スタンリー・G・ワインボウム

火星のオデッセイ スタンリー・G・ワインボウム

大山優訳 グーテンベルグ21 電子書籍

夢の谷  スタンリイ・G・ワインバウム

奥増夫訳  青空文庫

私的火星シリーズでSFを読んでいます。ワインボウムの二作品は1934年に出版された短編SFです。ワインボウム自身は翌年に33歳で亡くなっています。

火星や火星人を題材にしたクラシックな小説はH・G・ウエルズの『宇宙戦争』、E・R・バロウズの『火星のプリンセス』が有名です。ワインボウムの『火星のオデッセイ』を知りませんでしたが、電子書籍を探していてたまたま見つけました。アシモフに絶賛された作品で、当時(1930年代)の科学的な知識に則って描かれているそうです。ファーストコンタクト物で、現在読めば古臭いSFにも感じますが、これ以降のSF小説のタネのようなものが散見されました。表現も平易で、ユーモアSFともいえる楽しい作品でした。

 

火星探検隊の四人は、アメリカ人の隊長兼天文学者と化学者のディック・ジャーヴィス、フランス人の生物学者、ドイツ人のエンジニアです。ジャーヴィスが予備ロケットで単独遠征に向かって不時着し、徒歩で母船に帰ってくるまでに、火星の生物たちに出会います。延々と岩石のピラミッド(排泄物)を作り続けることにより生存している珪素系生物、各人の心の中の幻影を見せておびき寄せ捕食する触手生物、太陽熱発電を担っているらしいビヤ樽生物などです。

『火星のオデッセイ』では、触手生物に襲われていたダチョウに似た火星生物を助けたジャーヴィスは、その火星生物が知的生命体であることを認識し意思疎通を図りますが、果たせませんでした。でも彼ら二人は一緒に砂漠を旅して、なんとなく友情のようなものを互いに持ち始めます。「トゥウィール」と「ディック」と呼び合っています。

続編『夢の谷』では、ジャーヴィス生物学者リロイが予備ロケットで大事なフィルムを回収に出かける事になり、火星生物「トゥウィール」と再会し、彼らの街を見せてもらいました。彼らは古代エジプトのトート神と関係があるらしいこと、かつては高度な文明を持っていたけれど、エネルギーを得る手段が少ないため、今は衰退しつつあるらしいことが分かってきました。ジャーヴィスは火星を出発する間際に、かつて不時着した原子力ロケットを贈り物として「トゥウィール」たちに引き渡しています。

惑星シリーズ、衛星シリーズなどワインボウムの作品の多くが、青空文庫にあります。

 

ワインボウムの時代は、太陽系の惑星、衛星しか実際には知られていませんでした。現在は太陽系外の系外惑星が多数発見され、そのいくつかは液体の水が惑星表面に存在する領域(ハビタブルゾーン)にある惑星で、地球外生命体の可能性もあると言います。人類が自分たち以外の知的生命体と出会う日が、いつか来るのでしょうか。

その前に第三次世界大戦が起きないことを願います。現在の世界があまりにもきな臭くて、すでに世界大戦がはじまっているという意見もあるそうです。戦争を避けられない人類って、本当に知的生命体なの?

火星年代記  レイ・ブラッドベリ

火星年代記〔新版〕  レイ・ブラッドベリ

小笠原豊樹訳 ハヤカワ文庫SF 電子書籍

私的火星シリーズでSFを読むにあたって、欠かせないのが『火星年代記』です。1950年に出版されていますが、私が読んだのは1960年代でした。中学生の頃か……あまりにも大昔の事なので、内容はほとんど覚えていません。

ブラッドベリ本人による〔新版〕が、エピソードを一部入れ替え、年代設定を30年ほど繰り下げて、1997年に出されています。抒情的で幻想的な26編のエピソードからなるオムニバス風の物語なのに鋭い風刺もあって、これこそブラッドベリという感じです。

あらすじを書いてもあまり意味がないのですが、また忘れそうなので、書きとどめておきます。

 

三回の火星探検隊が火星人たちに受け入れられず失敗に終わった。しかし地球人が持ち込んだ疫病によって火星人は絶滅してしまう。火星に大挙して移民した地球人は、地球での暮らしをそのまま持ち込み、精神性を重視した火星の文明を顧みることもない。その後、地球で核戦争が起き、ほとんどの地球人は地球に戻ってしまう。壊滅的な破壊を被った地球から、生き残りの家族が火星にやって来る。彼らが新たな火星人になるのだろうか。

 

〔旧版〕では1999年、〔新版〕では2030年に火星へロケットが飛び、最後のエピソードが〔旧版〕では2026年、〔新版〕では2057年に設定されているので、どちらも現実的な年代設定ではありません。サイエンスという要素も全くと言っていいほど入っていません。だからこそかもしれませんが、新大陸に入り込んで移民の国を作り上げ、多様性を排除し、核戦争の脅威をもたらしている人間たちへの疑問を強く感じます。しかしそれ以上に、神話的な美と静謐さが作品全体を覆っているようです。地球と火星の文明のどちらもが荒廃した後、どういう未来があるのでしょうか。